epilogue

 

「ただいま」

 誰もいない家の玄関で、素雪はそういった。別に特段意味は無い。習慣だ。

 家の中に入ると、荷物の鞄を机の上に置く。寝室から適当に衣服――彼らしく、地味な衣服しかなかったが――と下着を選び出すと、浴室に行く。服を脱ぎ、洗濯機に入れ、手っ取り早くシャワーを浴びる。体を拭くと、持ってきた衣服を着付ける。洗濯機の中身を確認し、明日は洗濯をしようと決める。

 シャワーを浴び終え居間に行くと、冷蔵庫を開け、中から封の切られた牛乳パックを取り出し、そのまま飲む。飲みながら、今日の夕食は何にしようかと考える。冷蔵庫の中身を思い出し、パスタにしようかな、と考えを決める。

 留守電が入っているのに気が付いたのは、パックを冷蔵庫に入れて、鞄の中身を出そうと机に向かった時だ。入った時刻は今日の朝早く。いったい誰だろう、と思った。電話番号には見覚えが無かった。

 再生ボタンを押すと、よく知った少年の声が流れた。

「や、久しぶり。特別師団、大活躍じゃないか。今までの受身の任務で練度の高さを知ってたし、君がいるからそんな質の低い組織じゃないとは思ってたけど……本当に鮮やかだったね。

 で、本題。そっちに役立ちそうな情報を入手した。ルミエラ神父に伝えておくから、聞いてくれ。簡単に言うと、東南アジアのテロ組織なんだけどね。下手すると不味い。あの辺りは中華民国の勢力でも、監視が行き届いて無いからね。もしかすると戦争、ということも無きに非ず、だ。

 まぁ、繰り返すけど詳しい話はルミエラ神父から聞いてくれ。それじゃ、また暇な時に会おう。切るぞ」

 ツー・ツー・ツーと、機械音が流れ、電話が女性の声でかけてきた時間を告げる。

 つまり、こいつは作戦が成功するや否や電話をかけて来たわけだ。勿論、俺がいないことも知っていただろう。最初から留守電にするつもりだったんだ。加えるなら、俺の家の電話回線が盗聴不可能な特殊回線だと言うことも知っているのだろう。

 まったく、本当にたいした奴だ。素雪は、旧知の友人に対する評価をさらに高め、彼の言葉を繰り返す。

 

―――アジアのテロ組織。戦争。

 

 明日の予定を改める。まずは教会へ行こう。

 彼は窓の外を眺めながら、明日の一日の計画に修正を加えていく。高さ十一階のマンションから見下ろす町は、あまり光が見えない。この辺りは、未だに開発途中の住宅地なのだ。だが遠くを見れば、昼の如く明るい場所も見える。都心部は、眠ることが無い。

 あの町が爆撃されれば、何人の人間が不幸になるのだろう。

 そう考えて、悪寒が走る。怒りが込み上げて来る。窓に手をついた。軽く振動する。終末、窓を拭いておかないとな。

 それから、心がこういう状態になった時、いつも最終的に行き着く考えが浮かぶ。そうだ。それ以外無い。

 

 戦争なんて起こさない。そのために、俺達がいるんだ。

 

 

 

 

4小隊――Schwarzer Wolf                

 

 

 

 

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