密林航路――we get the initiative.

 

 

 2017年 919

 

 快晴と表現すべき天気、夏は過ぎ秋を待つだけになった北半球でも、特別に暑い赤道付近を、その輸送機は飛んでいた。いや、もともと四季がある国、つまり日本のような美しい自然環境を持つ国こそが、世界的に珍しいのだ。

 未だ気温の高い東南アジアの上空を飛行する輸送機がその四季を持つ美しい国、日本国の所属であることは、その機体と両翼に描かれた赤い円……ミートボールとか、悪魔の両目とか呼ばれることのあったそのマークから容易に想像がつく。

 思えば、そのマークをつけた日本の飛行機は、七十年前にもこのあたりを飛び回っていたかもしれなかった。当時は解放軍とか占領軍とかそういう名前で呼ばれていたが。

 しかし歴史の皮肉というべきか、現在もそのマークをつけた飛行機が、同じように飛んでいるわけだ。今度は、最も頼りになる同盟国の飛行機として。

 

 素雪ヴァレンシュタインは、川崎C2輸送機に乗るのは初めてだった。四発のターボファンエンジンによる推力を得た巨大な鳥は、島が点在するアジアの海の上空を飛行する。海を見れば美しいだろうが、残念なことに、この輸送機には下が見れるような窓はついていない。カメラも取り付けられていない。輸送機の速度は、旧型のC130輸送機<ハーキュリーズ>より速い。当然だ。C130はターボプロップエンジン、こっちはターボファンエンジンなのだ。もっとも、燃費はそこまで悪くない。バイパス比が(F22やF4と比べて)高いためだ。ちなみに余談だが、ハーキュリーズとはヘラクレスの英語読みである。

 素雪は頭の中で任務を確認する。旅客機のように乗り心地が良くないが、考えがまとまらないということも無い。赤外線シーカーを装備した対空ミサイルや、レーダー照準で狙ってくる対空機関砲射撃の雨の中を駆け抜ける旧式輸送ヘリに比べたら、数千倍ましだった。

 

 今回の任務は、中華民国領東南アジアのとある場所に侵入し、テロリストを討伐すること。いかにも自衛隊らしい、対テロ任務だ。ただし、かなり攻撃的な対応でもある。

 というのも、今回壊滅させるテロ組織は、まだ日本国内でテロを起こしていないのだ。今までにテロをした国は、アメリカと英国を中心とする欧州諸国。情報によれば、十四年前のイラク戦争の際、イラク軍に協力してテロを起こしたらしい。テログループの上層を構成する人員も、イラク戦争中イラクにいた奴らが少なからずいる。それから世界中で戦争に参加していたというのだから、ベテラン中のベテランと見ていいだろう。ただし、傭兵ではない。彼らは金で雇われるが、その国の法律に反することを多数行っているからだ。傭兵が人を殺す権利を得るのは戦場だけであって、他人の日常を破壊する権利までは持たない。

 掲げる主義は共産主義。しかし、今はの話だ。七年ほど前まではイスラム原理主義を掲げていた。だから、本当は機会主義なのだろう。明確な主義や主張を持たない、フリーランスのテロ集団。そんなところだ。

 そいつらが次の目標を日本に定めた。情報を仕入れたのは防衛省情報室の人間だ。俺がルミエラ神父から教えられてから、一週間後の話だった。まずまずの情報収集力と言える。ちなみに、内閣や外務省はそれとなくテロの気配を掴んでいたようだ。

 テログループにテロを依頼したのは、東南アジアでテロを続ける共産グループ。中華人民共和国が、その後直ぐに中華民国が、と支配者を変えたその地域では、数ヶ月だけ統治した中共のせいで勢力を増大させた共産テロリストが、後から統治している中華民国の統治に反対し、苦しめるという事態が発生している。

 いや、そもそもそれは十分予想された事態だったのだ。領地を不当に奪われる形になったフィリピン政府やベトナム政府がそれの返還を要求しないのも、それが原因だった。つまり、戦争で疲労した両政府は、領地が帰ってくれば逆に国力が下がってしまうと懸念したのだ。

 勿論フィリピンやベトナムはこの領地を諦めたわけではなかった。中華民国がその地域の治安を更正したら、返還を要求しようと考えていたのだ。その意味では、ベトナム、フィリピンは中華民国よりも一枚上手といえた。中華民国は新たに日本式の警察制度、つまり非常に効果的な治安維持方法を導入していたから、それらの国はその地域の更正が十分可能だと思っていた。勿論、この戦略を考えた者たちの中に、日本の警察制度は日本の国民性と合わさって、初めて世界で最も治安の良い国を作り出しているということを理解する者はいなかった。勿論、この制度と相性が良い民族は日本人だけではないのだが。

 そういうわけで、ベトナムのジャングルの中には未だにテロを続ける共産ゲリラが潜んでいた。共産ゲリラというと聞こえはいいかもしれないが、ようは単なるテロリストに過ぎない。目的は金だけだった。彼らは日本の盲目的に理想に燃える若き共産主義者のように共産主義の理想――全ての民の平等――の実現など、始から目指していなかった。共産主義の実態――上層部と下層部に分かれる、激しい貧富の差――こそ、彼らの目指すところだった。そして彼らは、その上層部になることを夢見ていたのだ。

 その為に、確信犯的に共産主義を信じてテロを起こすふりまでして、多くの同志を募っていたのだ。世界同時革命万歳!このような言葉で若者を誑かし、自らの兵隊を作り出し、テログループを組織していた。旧ソ連とは一変し、本来の共産主義の理想実現に向かって努力しつつある現在最大の共産主義国家新ソ連とは、大きく違っていた。新ソ連の国民は一時的にも資本主義が如何なるものかを知ってしまい、故に旧ソ連的な手法で統治しては国民が反乱を起こしてしまうという恐怖が、新ソ連を真の共産主義の理想を目指す国家に変えてしまったのが現実だとしてもだ。嘗てのようなスパイを内部に張り巡らせる方法は、それを行う人員の圧倒的な不足から行うことが出来ない。

 そしてその共産ゲリラ――テロリストが、次なるターゲットを日本に設定したのだ。

 理由は、日本が中華民国の最友好国だからであった。

 つまり、いつまで経っても自分達の権利を認めない中華民国を脅すため、まずは脅しに弱そうな日本をテロして、それに恐れをなした日本が中華民国を説得するよう仕向けようとしたのだ。

 勿論、こんな浅はかな作戦が成功するわけもなかった。現に、内閣と各省の会議によれば、今回の事態――中華民国誘導のための日本国攻撃――が発生してしまった場合、日本は直ちに中華民国に、最低でも連隊規模の陸上部隊と空母一隻の戦力を持つ自衛隊を派遣し、テログループを殲滅すると(秘密裏に)決定している。日本は、大戦でその性格を大きく変えているが、そのテログループはそれを理解していなかった。

 当然日本としては、こんな無駄に金のかかる事態はなんとしても避けたいところだった。その為の第4小隊であった。

 連隊規模の陸上自衛隊と空母一隻分(当然、護衛艦が一個艦隊群単位で必要になるだろう)の海上自衛隊を中華民国に出張させるくらいなら、人員三十名ちょっとの小隊規模の特殊部隊を送り込んだ方が安くなるに決まっている。例えその小隊の育成と訓練と維持に普通の自衛官の数倍の金がかかるとしても、だ。

 第4小隊の任務は、テロリストどもの隠れ家を発見し、そこを壊滅させると共に構成員を出来るだけ捕らえ、連れ帰ること。ただし、発砲許可と殺傷許可は出ているので、場合によっては殺してもいいのだろう。前回の、第4小隊初めての正式な作戦では、“出来るだけ敵を殺さず確保せよ”などという、作戦場所を完全に国内だと勘違いした(そして倒すべき敵をナイフを持った少年だと勘違いした)命令が出ていたから、かなりの苦労をしたが、今回はそんなもの出ていない。当然だ(後で聞いた話だと、今回も似たような命令が出される予定だったらしい。しかし、霧島二佐が必死に反対してくれたようだ)。

 装備も、ジャングルでの戦闘を想定したものだった。とは言っても、素雪の装備は基本的には陸上自衛隊山岳部隊の装備とあまり変わらない。

 素雪はそこまで考え、装備の使い方を確認した方がいいと考えた。一応使用方法は知っているが、陸自の山岳部隊の装備など、普通は使わない。第4小隊(というか特別師団第11連隊)は基本的に、海と陸からの潜入を得意としており、山の中を歩くのは普通の陸自と変わらぬ程度の能力しか持っていなかった。

 もっとも、今装備の確認をすることは出来ない。装備は輸送コンテナの中で眠っているからだ。

 素雪がそれを思いながら輸送コンテナをちらりと見ると、加藤哲也が隣から話しかけてきた。

「なぁ、お前は知ってるよな?」

 素雪は唐突にそう言われて、何の話だか分からなかった。

「何が」なので、素雪は訊き返す。

「ああ、聞いてなかったのか。先まで吾妻と話してたんだがな、吾妻が知らないっていうんだよ。今度新人が入る話し」

「私は、そんなこと聞いてなかったのよ。素雪もそうでしょう?」

 哲也越しに吾妻が話しかけてくる。素雪はああ、と呟き、答えた。

「聞いたことあるよ」

 哲也が当然そうな顔を、吾妻が驚いた顔をした。

 

「素雪さん」

 素雪が廊下を歩いている時、後ろから呼ばれた。この場所、防衛省A棟の五階にいるような人物は、大抵が素雪より階級が上の人間だった。だが素雪が丁寧に振り向いたのは、それよりも、呼んだ声が知り合いの上官の声と一致したから、という理由が大きかった。

「はい、何でしょうか。霧島二佐」

 声の主は彼の直属の上官と言ってもいい霧島未来華二等特佐だった。

「いまお時間ありますか?」

 素雪は日本製の腕時計を確認する。ディジタルではなくアナログだ。質素だが、質は良い。安物ではなかった。

 その時計によると、現在の時刻は午後六時。仕事などほとんど残っていないから、時間は十分にあった。

「ええ」素雪がそう答えると、霧島は嬉しそうな顔をする。

「そうですか。じゃあ、あちらの部屋によろしいですか?」

 霧島はそう言って、とあるドアを指す。素雪はそれを見て、大体の理由を悟った。

「まだ聞かれては困るのですか?」

 霧島はその言葉に、少し驚いた顔をして、しかし直ぐに元の顔に戻って、

「ええ、そうです。素雪さんは信用できますから。でも、九月十日を過ぎたら言ってもいいですよ。情報の正式な公開はまだ先ですが、その日には非公式に発表されますから」

 と答えた。

 霧島が指した部屋は、中規模の会議室だった。防衛庁が防衛省に名称を変更しその施設、つまりこの建物を改修した時、増設されたもので、まだ使われていない部屋でもあった。しかし、やはり国防組織の会議室(予定)だけあって、防諜はしっかりと対策されていた。ガラスには鉛が入っているし、盗聴器も仕掛けられないような厚さの壁。さらに、スイッチを入れれば電波を妨害するシステムも起動できる(もっともこれは、携帯電話を持っている職員に評判が悪いため、あまり使われない)。

「わかりました」

 素雪はそう言って、霧島の後に続く。内心では、何を聞かれるのか考えていた。先の作戦で何か不味いことでもしただろうか?それとも、噂の新装備に関することだろうか?

 そうであったから、霧島が先ほど素雪に言った言葉を思いだし、なんだか告白みたい、などと妄想して顔を赤らめているのも目に入っていなかった。

 

 部屋に入るとすぐに、霧島は椅子を勧めた。勿論、素雪は座りはしない。霧島はやや嬉しそうな、しかし哀愁を漂わせる表情で肩を落とし、素雪が立っている場所と机を挟んで部屋の反対側にある椅子に座った。前にある机に、手に持った書類を置く。数枚の書類を取り出し、自分の前に並べる。素雪は、その書類を見るべきか見ぬべきか迷い、意図的に視線を逸らした。

「第4小隊はどうですか?」

 霧島が唐突に訊く。素雪は正直に答えた。

「自分の目から見て、練度は高いと思われます。前回の任務も、ほぼ成功と言って良いと思います。作戦前に指摘された火力不足ですが、四十ミリ擲弾筒は思いのほか効果を発揮しておりました。チームの統率も取れており、少なくとも小隊長の指示の的確さと現場監督能力の高さは、世界的な目で見ても非常に高水準に位置すると思われます。ただ、問題を挙げるなら……」

「人数でしょうか」

 霧島が答えが分かりきっている時の疑問形で言葉を繋いだ。素雪は、やはりこの人にはかなわないな、という風に肩をすくめ、ええそうですと答えた。

「本来なら、チームは四人単位(フォウマンセル)で組みたいところなんです。お分かりだと思いますが、まず斥候(ポイントマン)――私のチームの場合、自分がこの役になっております――が室内を確認の後、音響閃光手榴弾(スタングレネード)の類で内部の戦闘能力を一時的にでも奪い、二人単位(トゥーマンセル)で部屋に侵入します。そして、部屋の中ほどに前進すると、前方の敵を排除します。続いて、後続の二人の突撃と共に、さらに前進し、部屋の角を取ったら四方から包囲して犯人を降伏させるか、射殺するかします。これが、最も確実で安全な方法です。

 しかしながら、現在第4小隊は三人(スリーマン)単位(セル)で任務を遂行しております。理由は……判りきってはいますが、人数不足です。現在第4小隊の人数は二十八人。任務の都合上、最低でも十個班(分隊)は欲しいところですから、一班三人という人数配分になってしまいます。これでは、効率的な任務の遂行に支障が出ます。また……」

「はい、それも判っています。上からの奇妙な命令で、犯人を捕らえることに時間を割かれ、任務の円滑な遂行が行えない。そんなところですよね」

 霧島はそこまで言い、辛そうな顔を作る。少なくとも、素雪の前においては、この顔は本心のようだった。

「私たちも強固に反対したのですが、どうも統幕の方々は現在《北》と戦争中であるという事実を理解していらっしゃらないようで。特別幕僚長と陸上幕僚長は強固に反対してくれていたのですが……」

 統幕――統合幕僚会議は、陸海空に特別師団を加えた全ての自衛隊をまとめて動かす機関だ。防衛省(統合幕僚本部)の下に位置し、自衛隊全ての権限を握っている。参加するのは、統合幕僚会議長、陸上幕僚長、海上幕僚長、航空幕僚長の四人。

 特別師団は、防衛省長官直属の機関だが、その行動に関しては、長官のスタッフである統幕が文句をつけてくることになる。信用できる情報源からの話では、新たに統合幕僚長といった感じの役職が作られ、それにあわせて統幕も大きく改変されるらしい。統合幕僚長とはつまり、陸海空自衛隊の幕僚長全ての権限を持った役職のことだ。つまり、三つの自衛隊全てを統合して、統合自衛隊もしくは戦略自衛隊とでもしようというのだ。しかし、問題が無いとも思えない。自衛隊は組織的には拡大しているし、そうなれば当然幕僚長の仕事も増えるわけだ。一人に全ての指揮を任せるのは、統合運用には最高だが、指揮権の集中から、重大な作戦ミスを犯す可能性がある(もちろん、スタッフを大量につければいいわけだが)。

 防衛省直属の組織である特別師団の任務は、主に空挺部隊と揚陸部隊から構成されていることからも判るとおり、敵地へ攻撃を仕掛ける際の尖兵となることだ。つまり、日本式海兵隊なのである。

 特別師団を構成するのは、四個連隊の陸戦部隊(海兵隊、海軍歩兵に相当)と、一個連隊の空挺部隊(昔習志野に置かれていた空挺団がそのまま変化したもの。人数や装備は強化されている)、そして一個連隊の特殊部隊(無論、本当に連隊規模であるわけではない)で構成されている。第4小隊は当然、特殊部隊に入っている。

 第4小隊――防衛省特別師団第11連隊第4小隊は、いうなれば海兵隊特殊部隊、米国の海兵武力偵察隊(フォース・リーコン)のようなものなのである。それと違うのは、海外での任務の際に、真っ先に白羽の矢が立つのはここだということだろうか。なぜならば、その為に作られた組織でもあるからだ。陸自の特殊部隊を海外で動かすのは、陸自の権威拡大に繋がる。しかし、他の自衛隊でそれをやれば、同じことが起きるだけだ。ならば、海外活動専用の部隊を創ってしまえばいい。そういうことだった。

 もちろん、海外派遣の有無程度で陸海空自衛隊の権威が拡大することなどありえるはずも無い。旧日本軍とは違うのだ。現在の日本の軍事組織(正しくは防衛組織)は、他国のそれに比べても非常に調和が取れている(間もなく全ての自衛隊が統合されるとの噂もあるほどだ)。しかしながら、官僚制の欠点とでも言うべきか、そういうありえないことへの恐怖感が、新たなる自衛隊の設立にまでこぎつけたのだ。

 そして今のところ、その新たなる部隊の海外派遣用特殊部隊は、正しく機能していた。

「過ぎたことは構いません」

 素雪はきっぱりと言った。霧島は顔を上げ、素雪の顔を見る。上官に素直に従う、しかし確かな意思力を持った、模範的な下士官の顔に見えた。その評価は素雪にとって、あながち間違ってはいなかった。

「そうですか。ありがとうございます。では、本題に入りましょうか」

 霧島は言う、

「第4小隊ですが、部隊が増強されます。訓練は最終段階に入っており、十月には部隊への編入が可能です。追加分は十人程度。一班の人数は四人に増加されます。また、新装備の配備についても決定しました。加えて、訓練中だった他の部隊も実戦に参加することになりましたから、素雪さんたちの任務頻度も落ちますよ。それに伴って、教官の仕事をやっていただくと思います」

 素雪は頷き、返した。

「しかし、我々と新人では練度が大きく違うと思われます。安易に混同してしまうと、部隊全体の練度が低下してしまう恐れが……」

「ええ、もちろん承知しています。ですから、あなたに意見を求めているんです。どのように編入すれば、部隊全体の練度低下を出来るだけ抑えられるでしょうか?」

 素雪は、多少は予想していたが、しかし驚くべき霧島の台詞に、軽く困った。彼は兵士として戦争に参加したこともあるし、特殊部隊紛いの経験もあった。しかし、そのような質問をされると、やはり困る。経験上いくつか考えはあったが、どうしてもそれが浅薄なものに思えて仕方なかった。

 だが、上官の質問には答えなければいけない。

「考えるのは二通り。新人だけの班を作るか、現在の班に新人を一人づつ加えていくか、です。前者なら、部隊内の練度差が大きくなりますが、古株の班から危険度の高い場所に投入すれば、部隊全体としての戦力は上昇するでしょう。後者なら、部隊全体としての練度がやや下がってしまいますが、均一の取れた部隊運用が可能になり、何より新人の素早い技術(スキル)上達が期待できるでしょう」

 素雪が答えると、霧島はふふ、静かにと笑った。素雪が僅かに不快な表情を作る。気付かれぬようにしたのだが、霧島の常に一〇〇パーセントの力を発揮することは出来ない、しかし場合によっては発動出来る非常に有能な観察力はその変化を捉えていた。

「ごめんなさい。でも、あなたの言ったことがターネス三佐の言ったこととほぼ同じだったんです。やっぱり、頼りになるんだなぁと思いました」

 霧島は素雪のことを言ったのだが、彼は、それが自分のことだと考えるほど自信家ではなかった。それに、一つ心配なこともあった。ターネス三佐と俺、両方が間違っていた場合、つまり、もっと上手な新旧混同方法があったらどうするのだろう。意見が一致するというのは、皆が考えるほど素晴らしい意見であるという反面、あまりにも一般的過ぎる意見であるという可能性もはらんでいる。何処かに見落としが無いとは限らないのだ。

 霧島はその意をくみ取ったのか、静かに言葉を続けた。

「他にも、専門家の人たちにも集まってもらって、どうしようか考えたんです。それで、最終的に提示された答えが、今のあなたの言った二択、というわけなんです」

 素雪はそうですか、と答える。自分の経験から判断した意見が専門家のそれと同じとは、微妙な気分だった。彼は専門家という人種の有能さを知っていたが、逆に欠点も知っていた。彼の知る限り、実戦経験の無い専門家は、時に奇抜な――しかし無謀な意見を出すことがあった。そして、そのせいで壊滅した部隊がいくつもあることも、彼は覚えていた。

「部隊の増強方法はもう一度川内さんと話し合ってから決めます。それで、新型装備の関することなんですけど」

「聞いた話では、装甲車が導入されるそうですが……」

「いえ」霧島は素雪の言葉を否定する。

「あれは、予算確保のための言い訳です。どうも、未だに特別師団を良く思わない人たちが多いようなので、そうでもしないと予算が確保できないそうなんですよ」

 素雪は頷く。何故装甲車の名目で予算が通ったのか……つまり、俺たちを良く思わないやつらも、皆が皆莫迦というわけではないのだろう。特殊部隊が装甲車など使う機会は少ない。俺たちなら、ヘリがあれば十分といえる任務ばかりだ。故に、装甲車なら予算を通すということだ。必要ないものをいくら導入しようと、俺たちの利権(というか任務の成功率)には影響しない。

 そう考えた後で素雪は、当然の質問をする。

「で、実際は何を?」

「強化外骨格です」

 すかさず答えた霧島の言葉に、素雪は驚きを顔に出す。強化外骨格、アームスーツのことだ。

「技術部が特殊部隊向けに開発したもので、隠密性の向上と、バッテリーパックの増量がしてあります。ベースになったのは、陸自の15式だそうですよ」

 素雪は前回の任務で遭遇戦を行った、ソ連製アームスーツを思い浮かべた。強力な機関砲で武装した、銃弾を受けてもビクともしない鋼鉄の騎士。人間以上の運動能力を持って動き回る人型ロボット。強化外骨格、シンクロプロテクト、アームスーツなどと呼ばれる、世界初の実用戦闘ロボット。

 素雪が最初にあれを見たのは、未だに傭兵などをやっている時代だった。ソ連製のアームスーツは小隊規模で押し寄せ、自らの三倍はあろうかという素雪のいた大部隊を壊滅させたのだ。彼はかろうじて生き残った。

 素雪たちが作戦中に出会ったアームスーツを倒すのに使ったのは、その施設内にいた兵士が持っていた対戦車ミサイル<RPG7>であった。簡単な構造で威力抜群という、ソ連製兵器の中でAK47カラシニコフライフルの次に信頼できる兵器だった。もっとも今となっては流石に旧式で、日米独などの最新式戦車なら貫通できない場合もある。

 アームスーツ隊に壊滅させられた部隊も、そのソ連製対戦車ミサイルと所有していた。敵がソ連なのにおかしな話だが、中欧や中東の兵士達は、大半がソ連製の兵器を使用している。信頼性が高く、値段が安く、整備が簡単で、武器弾薬や部品の調達も容易いというのがこれらを採用する理由だ。敵も使用しているものであれば、敵から変えの部品や弾薬を得ることが出来る。別に画期的な思い付きではない。紀元前以前から、敵の武器を使用するのは戦争の通例だ。第二次世界大戦中にはドイツの機甲部隊を率いた天才戦術家ロンメルが、英国軍が壊れて捨てていったトラックや戦車を修理して自分達のものとして再利用するという方法を用いているし、アジア・太平洋戦争の日本軍は鹵獲したM1ガーランドライフルを研究し、模造品である四式小銃を作った(もっとも、九九式小銃と同じで行き渡らなかったが)。三八式は優秀な銃だったが、所詮は旧式だったのだ。

 しかしながら、それらの装備をもってしても、アームスーツ部隊に対抗することは出来なかった。誘導装置が一切無いRPG7で運動性が良いことが売りのアームスーツを撃破するのは、余程の幸運が無いことには不可能だった。素雪たちが作戦中、アームスーツをRPG7で撃破出来たのは、敵が単体で、迫撃砲を装備しておらず(建物の中で使えたかどうかは微妙だが)、見方は全員精鋭で、かつ数が多く、四十ミリ級の火砲も所持していたことに、幸運が重なったからだった。

 そして素雪は、同時に少し心配な気分になる。あのアームスーツという機械は、はたして特殊部隊任務に向くのだろうか?

 確かに、街中や密林での戦闘には向くだろう。バッテリーさえ気にしなければ、最高の装備だといってもいいだろう。狭くてごちゃごちゃした場所では、防御力など破片避け程度で十分だ。最も重視されるのは機動力、それも戦略的な意味でのそれではなく、戦術的な意味でのそれである。

 人間をはるかに超える運動力で死角に回り、高威力の火器で倒す。敵に見つかればやはり運動力を活かして隠れ、再び死角に忍び込んで殺すのだ。豊富に搭載されているであろうセンサ類は、それらの行動を助けてくれる。僅かな防御力は、敵の銃撃で砕かれた木や建物の破片から身を守れる。

 つまり、ゲリラ戦に投入すれば効果抜群なのだ。自衛隊がアームスーツの導入を積極的に行っている理由もそこにある。自衛隊は、そのどの自衛隊をとっても、陸戦の場合にはゲリラ戦を行う可能性が非常に高いのだ。例外は、第七師団と特別師団第四連隊くらいのものだった。

 なぜならば、日本の地形は、その六十パーセント以上が山岳地形であり、残りのほとんどは都市(住宅地、工業地も含む)だからだ。そしてそのどちらにせよ、その場所で展開されるのは基本的にゲリラ戦となる。日本は敵を水際で完全にシャットダウンする戦略を取っている。日本のような国は、自国土を部隊に戦争をしてしまうと、経済に大きな影響を受けてしまうからだ。しかしながら、戦争に備えた作戦が常に巧くいくとは限らない。故に、内地で戦闘する訓練も必要になるわけだ。

 ゲリラ戦が発生する条件は、見通しが悪く、死角が多く、全体的に狭い場所だ。東京などは、道路は広く作ってあったが、その広い道路を進む戦車に隠れながら対戦車ミサイルを撃ち込むポイントは腐るほどある(その為に建てられた建物すら存在する。勿論、表向きは普通の建物だ)。イスラエルのような戦車運用術を以てしても、日本では戦車のような大型重装備の兵器が使用できず、かわりに歩兵が主役となる戦場には変わりなかった。

 ならば、歩兵の戦闘能力を著しく上昇させる装備であるアームスーツを自衛隊が採用しない理由が何処にあろうか。そういうことだった。

 勿論、問題が無いわけではない。その代表的なものが、バッテリーだ。現在のバッテリーでは、最大作戦継続時間は三日に達するかしないか程度。これでは、長期間の戦闘は行えない(もっとも防衛省は、最初から長期にわたる戦争などしないと決め込んでいた。何故なら、日本本土で戦争が長引くということは、日本の国力低下に直結してしまうからだ。つまり、本土の戦闘などが起こった場合、僅かな期間に決着がつくと考えられた。戦争に耐えられなくなった日本国が瓦解するか、敵を殲滅するかの二つに一つである。先の水際防衛も、これが理由だ。それにしても、三日以内に戦闘を終わらせるのは無謀だと思うが、実はあまり関係ないのだ。日本の社会資本をあされば、バッテリーなどいくらでも接収できる)。

 しかし特殊部隊で運用する場合、バッテリーはそこまで問題にならないだろう。特殊部隊の任務によっては、数時間で戦闘が終了するなどということも少なくないし、人質救出などの場合、ほとんど一瞬で決着がつく。

 だが、素雪が危惧しているのはそういうことではなかった。確かに、アームスーツは役に立つだろう。第4小隊の仮想戦地は山中か街中だ。そして前述したとおり、アームスーツはそういう場所で使ってこそ真価を発揮する。

 しかしながら、アームスーツを使うような作戦が発生するのは、戦争状態において以外ありえないのだ。

 例えば、第4小隊が中東の何処かの国で密かに日本にテロを企てている組織を壊滅させるとしよう。敵のアジトは特定されており、素早く展開して強襲する。しかし、数人の敵を逃がしてしまう。そいつらを追撃するとする。その時発生するのは、ゲリラ戦に近くなる。しかし、アームスーツを使うことは出来ない。

 なぜならば、第4小隊の最も大きな目的は、作戦や行動を知られないことにあるからだ。例えばSITが日本国内で同じ事をすれば、SITはまず間違いなくアームスーツを投入するだろう。犯人を効果的に拿捕できるし、何より自分たちの力を犯罪者(予備軍)に知らしめることが出来るのだ。こういう、威嚇による犯罪の抑制は極めて効果的で、治安維持関係の組織が自分たちの力を(脚色を伴い)頻繁に一般へ公開するのは、そういう意図を汲んだものだ(勿論、多くの人に知ってもらうことで予算を増やそうな度という考えもあるのだが)。

 だが、第4小隊はそれとは違う。第4小隊は、自分たちが行動している事実を出来るだけ隠さねばならないのだ(この辺りが、軍式の特殊部隊と警察式の特殊部隊の違いとなる)。例えば前行われた《北》に対する工作は、防衛省が、どうやら数人から数百人の自衛隊特殊部隊が行ったらしい。しかし、完全に満足の良く結果が出たわけではないらしい、というような、いかにもな情報を中途半端にリークしただけで、それ以外の情報公開は一切行っていなかった。これは、第4小隊の本当の力を見せ付けないためである。基本的に、特殊部隊に軍隊としての戦争抑止効果は薄いからだ。

 故に、先の例でいくと、一般民衆が存在する街中で、アームスーツなどといういかにもな軍用装備を見せびらかすことは出来ないのである。そんなことをしてしまうと、かなりの情報を仮想敵国に与えてしまうこととなる。特殊部隊の攻撃というのは、受けた側には相手の戦力がわかりにくく、しかし俯瞰的に見ればその特殊部隊の行動理念までわかってしまうものなのだ。

 だから、先の例ではアームスーツなどはつかわず、出来るだけ一般人に近い格好でターゲットに近づき、暗殺するように殺して素早く逃げる必要があるのだ。突発的に逃げ出した敵なら、別行動の部隊にその始末を頼む。そういう風に何重にもバックアップを取ってこそ、特殊部隊の作戦とは成功するのだ。勿論その為に、特には年単位にも及ぶ作戦作りが欠かせない。

 先述したとおり、第4小隊がアームスーツを使用する機会があるとすれば、それは戦中において他ならない。第4小隊の任務は、本来ならば米国の海兵隊武装偵察隊――フォース・リーコンに近いものがあるのだ(リーコンよりは権利が大きめだが)。第4小隊の本来の任務は、戦中における特殊任務。つまり、敵司令官の暗殺、敵部隊の攪乱、敵勢力内の抵抗ゲリラの活性化(これは防衛省情報本部から命令が出る)などなどの自衛隊主力の援助任務なのだ。今やっているテロリストの掃討などの任務は、おまけにすぎない(もっとも、これも広義に見れば自衛隊の援助といえるかもしれない。何せ、戦闘の発生を抑えているのだ)。本来の任務を遂行する際に、あのような運動力の高い軽装甲の兵器は非常に有効だ。巧くやれば、第4小隊だけで森林内に展開している敵一個大隊を制圧可能かもしれない。

 だが、今のところ戦争の気配は無い。確かにアームスーツの訓練を受けてはいるが、第4小隊員全員が使いこなすのはまだ難しいと思う。ならば、別のところに予算を回したほうが良いのではないだろうか。素雪はそう考えた。

 勿論素雪だって、新しい玩具を買ってもらえる子供のような心境が無かったわけではない。彼は、アームスーツを装着した経験があった。ソ連製の物だった。第一世代の高さ三メートルのものから、B型と呼ばれる八メートルを超えるものまで。

 しかし、それらは所詮ソ連製だった。丈夫で信頼は出来たが、ソ連製の精密兵器は質が良くない。もともと、ソ連に精密兵器は向かないのだ。大戦の時だって、ソ連のミサイルは作動率七十五パーセントがいいところだった。日本のものは九十五パーセントを越えていたにもかかわらず、だ。

 日本製のアームスーツ……現在自衛隊の主力になっているのは、霧島が言った三菱十五式強化外骨格だ。第4小隊は最低週一回はこれでの訓練を行っていた。そんなわけだから、アームスーツを導入するのではという話は前から囁かれていた。噂以上の何物でもなかったが。

 十五式は……少なくともソ連製のに乗ったことのある素雪に言わせれば、まるで三十年後に来たようだ、といったものだった。何せ十五式は、完全に音声で命令を認識できる人工知能(AI)を導入し、操作システムも出来るだけ簡素化した、しかし複雑なシステムを起動可能なものにして、それでいて丈夫で(劣悪な環境に)強いアームスーツだった。丈夫で強いのはソ連製も同じだが、搭載されているコンピュータは、ソ連より三十年以上進んだ軍用コンピュータが使用されていた。自動化も進んでおり、音声認識のAIと服用すれば、手をシンクロハンドに固定したままでほとんどの機能が使用可能らしい。

 B型の十四式――全長八メートルのまるでSFのようなあのロボット――にいたっては、人工知能を使った完全自動稼動すら可能らしい。搭載コンピュータについては……言うまでも無い。スパコンまではいかないが、AIと並列して高画質多機能のリアルタイムストラテジーゲームを同時に数十本プレイしても非常に快適な動作環境が保障されるほどだ。

 今回導入されるのは十五式だけとのこと。まぁ、身長八メートルの巨人を活かせるような特殊任務が与えられれば十四式が導入されるかもしれないが。

 しかも、特殊部隊使用だという。おそらく、人口筋肉や搭載コンピュータが特殊部隊仕様なのだろう。銃(日本は他国と同じ二十ミリ機関砲を使用する)もカービンなのかもしれない。それに、センサ類が増加されるのだろう。もしかしたら、最近開発に成功したという超小型電磁操作迷彩(ECC)が搭載されるのかもしれない。可能性としてならば、現在開発中の熱光学迷彩すら……まさにSFだな。ほんの十年前には遥か未来の装備だったのだろう。

 そんな風な思いから、素雪はこう返した。

「それは、楽しみですね」

 霧島は素雪の、不安だけど感情的には嬉しい、という微妙な表情を読み取った。

「ええ。訓練は……定期的に受けていましたね。では、最終的な調整だけで使用できるでしょう。ただ、何処でも使えるような装備ではありませんから。紛争地帯に赴いたりする時くらいですね。そんなことはないように祈っていますけど」

「装備は、人数分でしょうか?」

「いえ、二個班分程度です。まずは少数導入して様子を見る、ということらしいですね」

 素雪は内心で少し残念がる。彼の所属班――C班のアームスーツの成績は、全体で三位だった。普通に考えれば、成績の良い班から順々に配備されるはずだ。つまり、今回の導入では素雪は日本製最新型のアームスーツを着ることは出来ない、というわけである。

「なるほど。わかりました」

「他にも、戦闘服も新型に変えるみたいですね。アームスーツ装着可能にするみたいで。衝撃吸収機構が新しくなるほか、密閉性の向上と、後は簡単な、でも静かで熱の放出も抑えた空調装置も内臓で装着されるみたいですよ。それに加えて、二キロほど重量が軽くなるみたいです」

 そっちは、自分にも関係あることだった。空調装置は、今までの戦闘服にも装備されていた。しかし、外付けの装置をつけねば起動できず、放熱や騒音の問題で普通は使用が厳禁されていた。つまり、あっても使う場所が無かったのだ。しかし、新型には内蔵されており、しかも作戦中でも使用可能(かもしれない)らしい。

 また、重量削減も嬉しい。戦闘服には簡易パワーアシスト機能も付属していたがほとんどあてにはならず、そして重量六キロは重かった。

「それは、戦闘服とアームスーツが……?」

「ええ。ハード的に接続可能みたいなんです。つまり、戦闘服を着たままでアームスーツの装着が可能なんです。これの利点は、例えば仕方なしにアームスーツを放棄しなければならない時も、戦闘服を装着していますから、生身の戦闘が可能なんです」

「加えて、アームスーツの衝撃吸収機構の一部にもなる、と」

 霧島は笑顔で頷く。

「人間用の武器は?」

「ハッチ内部に収納されているようです。HVAP弾系の……P90か何かだそうです。適切だと思いますよ」

「自分もそう思います」

 素雪が同意すると、霧島は気が合いますね、と呟き、机の上においていた書類をまとめた。作業を止めずに訊く。

「素雪さん、SF好きですか?」

 素雪はプライベートな質問にやや驚いたが、普通に答える。もしかしたら何か作戦に関係あることかもしれないし、それに、そうでないとしても、悪いことではない。上司が部下とコミュニケーションを取ったり、個人的な信頼関係を築いたりすることは良いことだ。それに、軍隊の士官は――中でも目の前にいる人物は――有能だが、けっして神様ではないはずだ。常に完璧な行動など取れるわけがない。だから、何かの理由で不意に、変な質問をしてしまったりもするだろう。素雪はそう考えた。

 そして、素雪はそれを許容できないような人間ではなかった。それを可能にする経験を持ってしたし、先天的にそういう性格でもあった。

「嫌いではありません」

 本心なのか、微妙な台詞だった。上司に気を遣ったようにも聞こえるし、彼の性格から考えるなら、本心とも取れたからだ。曖昧な、日本人的な台詞とも言えた。

 霧島は書類を一つの山にまとめ、トントンと机の上でそろえる。

「そうですか。じゃあ、アームスーツみたいなのは好きなんですか?」

 どう受け取ったものか。素雪は僅かに悩んだ。“好き”とはどういう意味でのそれなんだろう。少なくとも、兵器としての実用性において、ではないだろう。一番無難な答えは……駄目だ。先言ったばかりだ。

 そんな僅かな戸惑いを置いて、素雪は答えた。

「ええ、そうですね。自衛隊のを初めて着た時は、嬉しかったですよ。俺が育ったのは日本ではありませんから、ロボットアニメみたいなものでの憧れは皆無でしたが、ソ連製のに慣れてましたから。性能がぜんぜん違って――勿論高機能という意味です――動かしていて面白かったですね。ここに入ってよかったとも思いましたよ」

 素雪はそう言いながら、昔のサンライズのロボットアニメ、起動戦士ガンダムが再放送され始めるのが新聞に乗っていたのを思い出した。順調にシリーズが続いていたが、アームスーツを自衛隊が採用したことによって、今空前のブームなんだそうだ。それに乗り遅れないように、最初から再放送して視聴率を稼ぐのだろう。

 素雪はあのアニメをあまり知らなかったが、アームスーツとあれが似ているとは思わなかった。外見は多少似ているかもしれないが、中身はぜんぜん違う。アームスーツはバッテリーで、B型はガスタービンエンジンで動く。とてもじゃないが、あんな小型の核融合炉なんてまだ作れない。また、ビーム兵器や宇宙船も実用化されていない。後半は関係無いか。

 霧島は微笑む。

「そうですか。部隊員全員にアームスーツが配備されるのは、おそらく来年になるでしょう。それまでに、陸自のを使った訓練で出来るだけ使用に慣れてください」

「はい」素雪は敬礼をする。

「あ……いえ、下がって良いですよ」

 霧島が何かを言いかけたが、それを取り消す。素雪は一度礼をして、ドアを開けて出て行った。霧島が後ろでため息をついていることには気付かなかった。

 

「うそ、何処で?」

 吾妻が驚いた顔で訊いてくる。

「前に、霧島二佐に。他にも、アームスーツ導入の件も聞いてたな」

 素雪はそういうと、後ろの、自分のではない荷物が納められているコンテナを見る。そこには、アームスーツが収納されているのだ。きっちり二班分。霧島二佐の言葉通り、ちゃんと配備された。ただ、何故か予定が繰り上がって十日には配備されたのだが、今回の作戦を睨んでということなら頷ける。アームスーツは、ジャングルでの戦闘も得意だ。

「えー、私は聞いてないのにー」

 吾妻が子供っぽい声を出して叫んでいるが、素雪には聞こえていなかった。

 防衛省と聞いて、最近増えている情報を思い出していた。

 防衛省が何か大きな改革をするらしい。そんな情報だった。

 

 

 

 

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