2017年 99

 

「またテロ組織構成員が拿捕されたみたいだね。爆弾の材料と一緒に」

 川内道真一等特佐がぼやくように言う。手はキーボードの上で忙しく動き回っているのではなく、頭の後ろで組まれている。

「SITですか?」

 霧島が聞き返す。川内とは違い、手はキーボードの上だ。

「いや、海保。不審船が密入国しようとしてたから、海自と協力して――ミサイル艇で威嚇してから、SSTのチームがヘリボーンして、艦内制圧だって」

「無茶をするのですね」

 霧島はあきれたようにに言う。

「仕方ないよ。最近海保は不審船を沈めてばかりだったじゃない。間違いなくテロ組織と関連があるにもかかわらず、ね。この辺でテロ組織のでっかい情報を何とか仕入れて、警察庁か防衛省……の、特に情報本部に貸しが作りたかったんじゃないのかな?」

「マスコミへの情報は?」

「とりあえず、日本が何処かのテロ組織に狙われているらしい、ってところまではリークしといたみたいだよ。いや、友人の麻丘くん……防衛省情報本部に勤めてるんだけどね、陸自時代からの友達なんだ。そいつから聞いた情報だから、結構正しいと思うよ。こういうことの情報規制は防衛省情報本部の管轄だからね」

「反応は」

「まずまず、といったところだね。アサピー以外の報道は、結構な予想をしてるよ。テロ組織の潜伏先は東南アジアではないか、っていう推測をしてるところもあった。いや、フジだけどね。アサピーは……なんていうか、非常に独創的で良いよ」

「どうせ、不審船はただの難民が乗った、テロ組織とは全く関係の無い船で、それを政府が隠そうとしている、とかいう情報を暗に流しているんでしょう」

 今度は少し投げやりな口調で言う。川内は笑みを湛えた。

「さすが。まさにそんな感じだよ。まぁ、あの旧時代の遺物は放って置いても問題ないよ。あれの人気も、一時期に比べたら地の底だからね。最近では、むしろ不満の対象になってるよ。またアカヒは、ってね。それはそれでいいと思う。反対勢力があったほうが、一丸となれるからね。いやぁ、毒電波発生装置は中共だけで充分といえば充分なんだけど……まぁ、とにかく今のアサピーにたいした影響力は無いよ。いや、実は裏から圧力かけたそうだけどね。戦争の混乱に乗じて。あ、これ国家機密級にやばいことだから言わないでね」

 川内は気楽にそんなことを言ってくる。霧島はため息を吐きたくなった。

「そんな調子で、第4小隊の機密まで洩らさないで下さいね」

「あのね。別に僕達の下にいるのは第4小隊だけじゃないと思うけど……まぁ、いいけど」

 事実だった。川内の連隊の隷下にある小隊は、第1から第6の小隊で、第4小隊はそのうち一つにすぎなかった。しかしながら、現在まともな作戦行動が取れるのが第4小隊しかないというのもまた、事実だった。

 第1から3の小隊は、現在訓練中で、とてもではないが作戦に投入可能な練度ではない。第5、6小隊など、現在編成中の段階だ。そういうわけで、第4小隊だけが集中的に運用される事態に陥っている。

 だから、川内と霧島が直接指揮しているのは第4小隊だけといっても、過言ではなかったのだ。

「よくありません。機密保持には気をつけてくださいよ」

「わかってるよぉ」

 霧島はここに就職してから何度目になるかわからないほど多く吐いた心の中でのため息を吐く。まったく、この人は……。でも、普段はこんないい加減な調子でも、大切なところだけは外さないから信用できるのよね。いえ、別の意味で信用できないの人なのだけど。

「で、不審船の話。その結果何がわかったのですか?」

 川内は口元に微笑を浮かべる。

「いろいろ、とね」

「いろいろ、では納得しかねます」

 霧島の言葉に川内はまぁねぇ……などと呟き、少し考えてから再び口を開く。

「うん、東南アジアのテロリーだったんだけどね。旧ベトナム領から中国本土を通って中共へ、それでもって海から密入国。まぁ、月並みだね。テロ用品はプラスティック爆弾と、毒ガス。タブンだったよ。東京かどこかに仕掛けるつもりだったんだろうね。毒ガスとプラスティック爆弾を仕掛けて、広範囲を汚染かな。サリンよりも弱いけど、体中から吸収しちゃうから、危なかったよね」

「で、そのテロ組織に関しては何か分かっているのですか?必要なら、壊滅させないと」

 過激なことを言うようだが、正論だった。こういう国際的な問題については、なめられたらいけないのだ。事があったら確りと報復を行い、てめぇら俺達を攻撃したらこうなるぞ!ということを明確に示しておかないといけないのだ。勿論、それによって逆に刺激してしまうこともあるが、組織自体を壊滅させることによるテロの減少と言う効果もある。

「うん、そうだね。でも、完全にはそうしない」

「外務省の考えですか。『敢ヘテ潰サズ』でしたっけ?」

 彼女の言ったこと、つまり外務省の考えもまた正論だった。国際常識として、テロというのは社会現象の一つと考えられており、故に無くすことは出来ない。そう考えられている。そこで、無理に潰して浪費するより、大型のテロ組織の中に諜報員を大量に潜り込ませる、もしくは幹部の構成員の多く(もしくはほとんど、ないし全て)を味方に引き入れるなどしておき、それにより組織をコントロールするのだ。これは、大型のテロ組織を潰してしまうよりよっぽどリスクが少ないのだ。大型組織を潰すことにより発生する大量の小型の(そして常識を知らない)テロ組織が発生せず、よって感情的な(しかし政府にもテロ組織に所属するその組織の信条にも全く利の無い)テロを抑制できるということだ。

「そうだね。まぁ、壊滅に限りなく近い存続でとどめるよ」

「理由を」霧島が訊く。

「やっこさん、現実主義者(リアリスト)なんだけどね。莫迦だね。本当に暴力で何かが変わると信じている」

「ある程度は真実ではないですか?」

「いや、それが正しくない。彼らは、平和を謳歌するものに対する暴力での訴えがいかに無意味かを知らないんだ。いや、それも、ある程度力が拮抗しているか、もしくは優位に立つなら理解もされよう。しかしね、弱小なテロ集団が、その主義主張を訴えるべきでない相手にいくら暴力で訴えかけたとしても、そんなもの意味が無いんだよ。例外としては、戦前の日本かな。いや、それですら、あまりにも意味が薄かっただろうね。何せ、戦前の……いや、今の日本も、宗教に対して全く思い入れが無いからね。ほら、どっかの新興宗教のテロがあったじゃない。あれでも、あの宗教の理解を得るには到らなかった。それどころか、四方八方から非難されただろう」

 霧島は頷く。なるほど、一理あるわね。そう思った。

「そういえば、例の宗教はどうなったんですか?」

「ああ、公安がこっそりと消したはずだよ。やっぱり戦争の混乱に乗じてね。他にも、混乱に乗じて消された組織はいっぱいあるんだよ。《北》に支援を送ってた合法組織とか、中共に支援を送ってた組織とか、韓国に深く関わってた組織とか。あ、これも言わないでね」

「言いませんよ」

 霧島は少し川内を睨んで答える。まったく、こんな軽い人だとは。それとも、私を信用してくれてるのかしら?それはそれで別に良いんだけど、知ることで発生する危険と言うものを考えてくれてるのかな。この部屋、盗聴器は大丈夫よね。

 そんな事を思いながら、冗談半分で中りを見回す。この部屋の盗聴対策は、《北》やソ連、中共に対するそれは万全だが、残念なことに同じ日本人に対するそれを万全と表現することは出来ない。技術力が違うのだ。危ないとしたら公安ね。今のところは防衛省や内務省から睨まれていないはずなんだけど……この人と一緒にいるとどうなるからないわ。

「それでね」

 川内が話を続ける。

「そのテロリーをつぶしてくれって言うお願いが、なんと中国から来てるんだよ」

「中国から?ああ、旧ベトナム領に潜んでいるという共産ゲリラですか」

 霧島の回答に、川内は満足げな表情を浮かべる。

「そ。中国はさ、中共との水面下の戦争で特殊部隊を使いまくってるからね、そっちの方に兵力がまわせないんだよ。表立った行動はもっと厳禁だね。住民の不満を買うから」

「それで、日本への援助の要請ですか」

「別に、こっちに損な話じゃない。代償は、タングステンを中心とした資源の関税低下。悪くはないだろう?」

「ついでに、日本製品全般への関税低下も頼まなかったのですか?」

 霧島の言葉に、川内は咎めるような口調で言う。

「我が国のすぐ横にある唯一の友好国に、そんなに無茶ばかり頼むものではないよ。恩を売る、と言うほどでもないけど、好感度は上げておかないとね。それに、そんな事しなくても日本製品は売れるから安心しなよ。なにせあの国には、頼れるものが日本しかないのだから」

 霧島はまたため息を吐く。勿論、心の中で。本当に恐ろしい人。もしこの人が日本の外務大臣……までは行かなくとも、防衛省の高官にでもなったら、十年後には東南アジアの一部と台湾は日本の領土になっているのではないかしら?

 馬鹿馬鹿しいわね。霧島はそう思いなおし、そんなどうでもいい考えを頭の中から排除する。少なくとも、日本が戦前並みの惨めな状況に陥ることはないだろうから、それで充分。そういうことだった。

「日本製品というのはやはり――」

「勿論、日本で作る工業品の多くだよ。中国(向こう)で作った外側に、日本(こっち)で作った中身を入れるものも含めて、腕時計から戦車までね」

 日本企業は世界中の低賃金地域(中国、東南アジア、アフリカ、東欧、その他)に工場を持っているが、一般にブラックボックスと呼ばれる部分――コンピュータで言えばCPU、イージス艦で言えばイージスシステムなどの、その製品の核となる部分――だけは全て日本で生産している(とはいえ、そういう製品はほとんどが電子機器やソフトウェアなので、生産にそこまで人間を使わない。故に、人件費の高い日本でも、何とか許容範囲内の値段で生産出来る)。理由は至極簡単。低賃金地域と言うのは基本的に著作権法などがまともに機能しておらず、そういう製品を生産させるとあっという間に技術を盗まれてしまうからだ。過去に日本企業はは韓国と中共において、その失態を犯していた。

 現在の中国(当時の台湾)は当時の中共に比べればそのあたりの管理はしっかりしていたが、やはり日本ほど完璧ではなかった。所詮、日本人が一番信用できるのは日本人なのだ(企業スパイなどを度外視すれば)。

「わざと向こうの企業成長を抑制するのは、同盟国……いえ、友好国としてどうかと思いますね。一応ちゃんとした経済を持ってもらわないと、中共に負けてしまいますよ」

 霧島はそう言った後、それとも経済的植民地にでもする気ですか?と付け加えた。

 その言葉に川内は、くっくっくと低く小さい笑い声を漏らす。

「植民地だなんて、嫌な言葉だなぁ。あんなもの、持っても何の意味ないよ。知ってるだろう?植民地政策って言うのは、長い目で見れば絶対に赤字になるんだよ。まぁ、国の自立の土台は作れるけどね。でもれは、宗主国の利益にはならない。ほら、戦前日本が朝鮮半島にやったみたいに。ああ、あれは併合だっけ?」

「そんなこと、言葉遊びにすぎませんよ。一部の……アジア大陸の端っこの方に住んでいる方を除けば、ですがね」

 川内はまったくだ、と呟き、少し上を向いて目を揉む。それからお茶をずるずると啜る。霧島が露骨に嫌そうな顔をする。川内はそれを見咎め、にやりと笑って冗談混じりで訊いた。

「汚いと思うかい?」

「思います。自覚があるのなら止めて下さい」

「いやぁ、僕も後僅かな期間でおじさんの仲間入りだからねぇ」

 やってることの半分はすでにおじさんですよ。霧島は心の中で言う。

「企業の成長を抑制したとしても、日本は中国を滅ぼすようなことはしないと思うよ。就職口は日本の企業、売ってる物は日本製品、中共から国を守る国防兵器は日本製。悪くはないんじゃないかな?」

「そういうのを経済的植民地と言うのではないのですか?」

 川内はうーんと呟いて俯き、何事か考え込む。勿論、霧島は演技だろうと疑っていた。

「まぁ、中国の政府がしっかりしてれば、日本の思い通りにはならないよ。そして僕が見る限り、中国政府はそんなに莫迦じゃない。それに、中国人は昔から商売上手だろ」

 そこでいったん言葉を区切り、続ける。

「ほら、今回だって。原材料と自衛隊を物々交換して見せたじゃないか」

「まぁ、そういう考えもありますね」

 霧島はそう言うと、小さく深呼吸する。

「さて、話が本線へ戻ったようなので、自衛隊派遣の話し合いでもしましょうか?」

「いや、自衛隊って言うより、第4小隊だね」

 霧島はそうですね、と小さく言う。

「戦闘予想地点は?」

「中国占領地区」

「荒すぎます」

 それに占領地区ではなくて、国際法的にはちゃんとした領土です。そうも付け加える。

「旧ベトナムの……一帯だね。もう少しすれば内閣と外務省、あと、防衛省情報本部からいろいろな情報をもらえる手はずになってる。少なくとも今判っているのは、ジャングルの中の小さな村を拠点にしている、くらいだね」

「なんだか、ベトナム戦争を思い出しますね」

 霧島が嫌そうな声で言うと、川内はふざけた調子で、

「思い出すって……リアルタイムで見てたの?」

 と訊いてくる。

「まさか。私は湾岸戦争すら、リアルタイムで見た経験はありませんよ」

「だろうね」

 霧島はパソコンのキーボードを叩く。陸自の、山林での戦闘方法の教本を出す。そこには、ベトナム戦争を教訓とした、ジャングルでの戦闘術が記してあった。

「第4小隊ならば、問題ありませんね」

「そう思うよねぇ。まぁ、そうだろうねぇ」

 川内のいい加減な言葉に、霧島はさらりと返す。

「ジャングルでの戦闘方法は……ああ、この本によりますと、今の陸自が山中訓練で行っているのとあまり変わらないものなんです。まぁ、同じ木々の間なのだから、訓練が似たようなものになるのは当然ですけどね」

「第4小隊は普通の陸自の訓練も受けているから大丈夫、と?」

「ええ、おそらくは」

 川内の疑問の言葉に、霧島は答える。

「ジャングルでの戦闘は、敵の頭を如何に抑えるかにある、と、この本には書いてあります。つまり、一見戦線など意味を成しそうにないジャングルの中を、砂漠や海と同じように考えるわけですね。敵の動きを観察して先を読み、適切な兵力を適切な場所へ送り込む。そして……、これが米国のベトナム戦争時の失敗なんだそうですが、完全に敵を制圧できていない場合、歩兵を貼り付けるのが大切なんだそうです。ヘリの過剰使用をすると、歩兵の強みを打ち消してしまうと書いてありますね。

 しかし、これは第4小隊にはあまり関係ないでしょう。特殊部隊ですし、敵は素早く殲滅しますから。歩兵を貼り付けると言うか、そんなことしないようにするのが、第4小隊の任務ですね。ジャングル全体に散らばっている敵はどうにもなりませんが、首脳部を叩けばそれで終わりですから。ヘリの過剰使用も、第4小隊に限ってはこの限りではありませんね。音を聞かれると拙いですから。今は、戦争中ではありませんからね」

 ふぅんと、川内は呟く。

「テロリストの完全殲滅はまず不可能だし、する意味もない。だから……君の言うとおりにすれば、まず作戦は成功するだろう。うん、問題ないよ」

「何か拙いことでも?」

 霧島が心配そうに言うと川内は、まぁねーといい加減に返す。

「戦闘自体は滞りなく進むだろうけど、その後がねぇ」

「今のところこの作戦に世論が介する隙間はありません」

 霧島はきっぱりと言う。しかし川内は、

「いや、そういうことじゃなくてね」

 と、ばつが悪そうに言う。

「一体、何が問題なのですか?」

「いや、ね」川内は小さく言う。

「テロリストを壊滅させちゃうと、中国を両側から痛めつける存在がしばらくいなくなっちゃうじゃない。そりゃあ、テロリストは消えることはないよ。でもね、そこまでめちゃくちゃに叩いちゃうと、再生には時間がかかるんだ」

 なるほど。霧島は心の中で声を上げる。

 川内は、テロリストを思いっきり叩いてしまうと拙いといっているのだ。政治的に、日本に対してである。要するに、テロリストが完全に壊滅すると、中国の脅威は中共だけになる。これは、中国の権威拡大に繋がる……かもしれないのだ。国内にテロの危険があり、それゆえに常時(対テロの)警察を配備しておかないといけないのは、中国にとってなかなかの負担なはずだ。加えて、中国の警察機動隊や軍隊の市街戦部隊が使用する装甲車は日本製だ。つまり、テロリストが中国に脅威を与え続ける限り、日本は中国に対する利益を確立できるのだ。

 また、全く逆の心配もある。もし中国政府がテロリストの壊滅を機に、対テロ予算の大幅削減でも行ったらどうなるだろうか。勿論、中国は莫迦ではないのでそんなこと万に一つもありえないのだが、その万に一つという可能性が無いわけでもない。

 結果は簡単だ。中共の支援を受けたテロリストの激しいテロ行為が吹き荒れ、政府が対応を定めた時には手遅れになっている。中共に攻め込まれることは、隣に日本がいることからありえないだろうが、それでも中国政府が大きな損害を被ることに変わりはない。これは中国の日本製品購買意欲低下に繋がる。しかも、それだけではない。中国には多くの日本企業の工場が建っているが、それがテロ対象になる可能性は非常に高い。

 全ての国家は、周りに敵をなくした時が終わりの時だ。その後に、内分裂を起こして滅んでいく。これは、世界史を少しかじれば誰でも解る。そして、中国がそうではないと言う保障は、何処にも無いのだ。

 中共が隣にあるではないか、と言うかもしれないが、中共とテロリストは基本的に全く別の存在だ。中共は国家であり、ゆえに守るべき領土や社会資本がある。つまり、そこを叩いてしまえば、手っ取り早く戦争継続能力を奪えるのだ。

 しかし、テロリストはこれとは全く異なる。二〇〇三年にアメリカは、イラク戦争でイラクを壊滅させたが、テロが無くなることはなかった。テロリストに対して核ミサイルや核分裂反応動力推進空母をいくら持ち出したところで、暖簾に腕押しなのだ。守るべき物を(張りぼての主義主張以外)持たない彼らは、そのような物を恐れない。

 そして、敵対する国家とテロリスト、対処方法は全く異なる。国家なら、前述したよう武力で威嚇すればいい。核ミサイルをちらつかせれば、少なくとも戦争は起こり難くなる。空母や爆撃機でも同じだ。

 しかしテロリストは違う。彼らの被害をなくしたいなら、出資者を倒し、訓練キャンプを潰し、テロ対策を強化しなければいけない。というか、そのくらいしか対策がないのだ。

 つまり、こういうことなのだ。中国が敵を中共だけに定めて、正面軍事力……つまり、正規戦闘で活躍する軍事力にばかり増強すれば、中共は現地のテロリストを強化する方法で、中国を内部から崩壊させるだろう。

 これは、中国は当然ながら、日本にとっても大きな影響を及ぼす。理由は、前述したとおりだ。

 そして、川内が考えたこういう状況にしないための方法が、テロリストの残党を適当に残しておくことであった。そうすれば、中国は安心せず、現在の対テロ予算を維持し続けるはずだ。彼はそう思った。

 ちなみに日本の自衛隊は、敵の戦車よりも武装したテロリストと戦う方が得意になるような訓練を受けていた。そして、その方針は、日本においては正しかった。狭い、国土のほとんどが森林と市街地の国日本では、そういう訓練こそが有事の際に役に立つ。

 霧島は先の対テロの国家戦略を思い出した。

「やはり、その考えに行き着くのですか。いえ、少し意味は違うと思いますが……やることは同じですね」

「それ、外務省の対テロ政策のこと?」

「ええ」霧島は首肯する。

「テロ組織を使って自国の安全どころか発展にまで寄与させる。毒は薬にもなると言うことですかね?」

 川内はまぁねぇといい加減に返す。

「テロリストが利用されるなんて、いつの時代も同じだよ。大昔は知らないけど、近代なら、ソ連は各国の赤軍派を援助してたし、第二次世界大戦では連合軍は、旧フランス領内のテロリスト――ああ、レジスタンスだっけ?――を援助した。中東や南米では、西側諸国ではソ連が、東側諸国ではアメリカが、それぞれの国内のテロリスト――こっちは武装ゲリラだっけ?――武器を給与しまくってた。おかげで国内はめちゃくちゃ。ああ、そういえば。《北》も南の法律ではテロリストらしいね」

「権力に反抗する者は権力に利用されるものなのですね」

 霧島が言う。

「全くその通りだね。では、権力である――つまり利用する側である僕達はどうするべきだと思う?」

「決まっています」

 霧島は迷うことなく言った。

「利用出来るだけ利用すべきです」

「全くその通りだよ」

 川内は大げさに頷いて同意する。

「さて、彼らを利用するための準備を整えるとしようか」

 

 

 

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