4小隊――Schwarzer Wolf



 2017年 520

 こうこうと照りつける太陽は、四季を持つ国たる日本のもっとも暑い季節――夏を充分に感じさせた。

 ちょうど(この国での)大戦終結と重なった年の大地震以来、古びた(そして一部倒壊した)中小ビルが高層ビルに変わっていくのが日常となったこの都市、日本国の首都東京は、政府が言う三次元都市の名に恥じず、まこと重厚であった。

 立ち並ぶ平均二〇〇メートルはあるだろうビル群は、よく晴れた空の蒼い光を側面に並べられたガラスのごとき窓群いっぱいに受け止め、反射していた。もちろん下側に。

 しかしそのビル群を歩く人々は、たとえその都市の随所に冷房設備、人工林、公園が設けてあろうと、暑さによって参っている様子だった。だが、国民性の為か、その暑さに参った人々は、それでも黙々と仕事場へ歩き続けている。他国(特にアメリカ合衆国)が“働き蜂”と形容するのが非常によく理解出来る、この国での日常のワンシーンであった。

 その東京の上空を、一機のティルトローター機(翼、またはプロペラだけを九十度傾けることによって、垂直に離着陸できる航空機)が飛んでいた。軍用ではなく、民間用だ。

 ティルトローター機は、世界初の実戦配備ティルトローター機V22<オスプレイ>を初めとして、この十五年間に続々と作られた。プロペラに二つの違った役目を課すため、そのサイズの相違から、燃費の悪さが欠点となっていたこの機種だが、新型の高効率エンジンと長年の研究成果がその欠点を克服したため、軍用のみならず民間用でも数多くの機種が開発、発売された。

 今東京上空を飛んでいる川崎M/KV1も、その一つだ。狭い場所にも着陸出来るヘリコプターの長所と、大量の人間を一度に高速で運搬出来るという固定翼機の長所を併せ持つティルトローター機は、この東京のような、土地の少ない都市で運用するのにもってこいだった。



 そのM/KV1は、歴史的な部分を残したまま改装され、周辺のビルと統合され、高さ二〇〇メートルとなった東京駅ビルの屋上――正確には屋上ではなく、高さ一五〇メートルの場所にある、出っ張った平らな部分――にあるヘリポートへ向かっていた。縦に長いその場所には、六つのヘリポートがあり、その内四つには既に別の機体が泊まっていた。二つはティルトローター機で、二つは大型ヘリコプターだった。どちらにしても民間用だ。

 そのほとんどが最近立てられたばかりのビル群の屋上は、その半分ほどが瓦葺き風の太陽電池板なので、駅ビルというより中世から江戸時代の日本の城を彷彿とさせる。もう半分は、昔からある平らな屋上をしているが、流行り……というか法律で義務付けられた屋上緑化をしている為、見た目にも美しい。しかも、周囲にも同じような建物が林立しているのだ。その壮大さは、一昔前の空想科学小説を思い出させる。もちろん、テロ対策も万全で、航空機が突入しても簡単に崩れないような設計になっている。下から積み上げていくような造りが、まさにそれだ。基盤自体も確りしている。と、言われている。噂では、屋上に対空ミサイルを展開することすら可能らしい。もっとも、それはテロ対策と言うよりもむしろ、首都防衛のためと言う意味が大きい。もちろん、テロリストではなく、軍人からだ。どこの軍人からだなんて、考えるまでもない。参考までに述べるなら、日本には軍人はいないことになっている。

 飛来してきたM/KV1は、一番左端のヘリポート上空に速度を落としながら接近し、適当に近づいたところで翼を傾ける。しばらくして、完全に九十度になるころには、ヘリポートの上空に到着していた。

 そこからは、ヘリコプターと同じように、垂直に着陸する。その全長約二十メートルの機体は、寸分の狂い無く、ヘリポートに降り立った。コンピュータ制御が手助けしているとはいえ、なかなかの腕だと言えた。着地の音はほとんどしない。

 機体が着陸すると同時に、搭乗管理員と整備員(メカニック)が駆け寄って来た。機体をチェックし、安全であると確認すると、パイロットに形態短距離無線で合図を送る。パイロットはそれに呼応して、機体側面に空気抵抗を考えて埋め込むように付けられた油圧式の扉を開くよう、手元のスイッチを操作する。機体の扉が開き、中から乗客が降りてくる。数は多くない。M/KV1の定員は四十二人だが、三十人いるかいないかだ。三六五日忙しい日本の首都にしては珍しいだろう。搭乗管理員は彼らを誘導し、整備員は機体の整備を始める。



 駅ビル内に設けられた小型空港(ヘリポートとも言える)の待合室(ロビー)には、搭乗を待つ人や、逆に降りてくる人を待つ人など、さまざまな人がいた。ANA1556便から降り立った、身長一七七センチで短く刈り込んだ髪を持つ彼、川内道真(かわうち みちざね)一等特佐は、待合室に着いて直ぐ、辺りを見回した。中肉中背、特徴の無い顔立ちの彼が実に普通のスーツを着用して待合室で辺りを見回す様子は、実に目立たない。

彼はある人物を探していたが、目的の人物は直ぐに見つかった。

「おい、川内。こっちだ」

「ああ、神谷。そこにいたのか」

 川内が見た先には、彼の防大の時からの同期で、現職の同僚で、個人的な友人でもある、神谷(かみや)雅俊(まさとし)一等特佐が立っていた。

 彼らは、自衛隊()特別()師団()に所属する自衛官だった。

 年は二人とも三十八歳。階級に比べて非常に若い。それもそのはずだった。彼らは、七年前の大戦において、台湾軍・米海兵隊と共に上海強襲揚陸作戦を実行した陸上自衛隊第一師団第一普通科連隊を構成する中隊を率いていたのだ。あの決定的な勝利を作り出した二尉や一尉――中隊指揮官たち――の実績は、当時第一連隊を率いていた名賀道(ながみち)是清(これきよ)一佐の無能ぶりへの反感も相まって、彼らを一佐の階級に押し上げるのに充分だった。ちなみに、二人は陸自で二佐まで昇進した後、新規創設された特別師団へ引き抜かれた。一佐までの昇進は、そのおまけのようなものでもある。

 神谷は川内が近くに来ると、視線でついて来るように促す。川内はその通りにすることにした。足元に置いたやや大きめのスーツケースを取ると、歩き出した。

 同時に、周囲に気を配る。そして、その必要が無いことに気が付いた。非常に練度の高い見張りがいることに気付いたのだ。職業柄、そういう者たちを発見する能力に長けている川内でさえ、注意深く観察しなければ警備に気付かなかった。川内はそういう者たちの能力を疑う習慣を持たなかった。

 エレベーターに乗り、三階(既に地下と地上の区別が曖昧になっているため、階という概念は希薄になってきているが)の駐車場まで降りる。彼はその一角にある車――灰色の一般車で、日産製――の鍵を開け、中に入る。川内もそれに倣い、助手席に座る。後ろの方で見張りたちが車に乗り込むのがわかった。前でも同様だ。数が増えているのは、この場で車を見張っていた者も合わさっているからだろう。川内はそれを見て、安全に話できることを確認した。

「で、欧州……ドイツで軍事訓練を行っていた第4小隊を師団に呼び戻し、師団長を防衛省に呼び出した理由を聞かせてくれないか?」

 車に入り、鍵を閉めるなり、川内はそう聞いた。

「わかっている。それについてはダッシュボードの中の書類を見てくれ。解っていると思うが、わざわざ俺が出向いたのも、機密保持のためなんだ」

 神谷はそう答える。そしてキィを差込み、エンジンをかけ、アクセルを踏み、車を発進させた。当然、前後でも車が発進した。

川内はダッシュボードを開け、中の書類を見る。まず表紙を見て、神谷に訊く。

「K半島調査書?」

「公安6課……ほら、外務大臣所属のヤツ、あれが数年前からやってたやつだ。途中で内閣情報局(もちろん、国際部の朝鮮半島班だ)と、防衛庁情報本部の第3課、それにプラスアルファと共同作業になったがな」

 公安6課は、内務省の元に置かれた対外諜報・情報収集班だった。外務省の戦略情報調査会や防衛省の情報本部とは別に、外国に対する情報収集を実施している。また、他の二つと同じように、内閣情報局とは協力関係にある。当然だった。内閣情報局は、日本に存在する官営の、ほとんど全ての情報関係組織と協力関係を築いている。彼らは情報分析に力を入れ、実働組織を持たぬのがその理由だ(噂では、世界援助公社が彼らの手先とも言われている)。

 日本という国は、諜報という分野に重きを置かないと言われているが、重きを置かないだけであって、決して情報戦の能力が低いわけではないということを証明した組織でもある。もともと、対内諜報に関しては、日本の警察庁と公安は、冷戦時代のソ連やアメリカ以上の調査能力を持っていた。もちろん、今でも持っている。

 

 車は駐車場を出て、太陽の元にその姿を曝した。目的地の防衛省は他の官庁と少し離れた位置(東京駅とは、ちょうど皇居を挟んで反対側)にある。高いビルの合間を縫うように走る国道は三車線だ。十年前の東京なら考えられなかったことだが、現在の東京は、その土地の三分の一以上が緑地で、主要道路は全て三車線もしくは四車線となっている。その代わり、東京にあるビルの平均の高さは二〇〇メートルと非常に高くなり、また、東京のほぼ全土に地下深く掘られた地下街が広がっている。道路の多くも地下を走っている。前述した通り、都市は二次元から三次元になろうとしていた。

 神谷は安全運転に留意しつつも周囲を見回した。高いビルは車の中からでは頂上を見ることが出来ない。まさか運転中に窓から身を乗り出すことも出来ないので、今度は歩道に目を移してみる。そこには、数多くの人々が歩いていた。誰もが暑そうな顔をしているが、彼らは自身の行動を疑っているようではない。彼らはそう条件付けされているのだ。

 川内はその書類にざっと目を通し、神谷の方を向く。それで、と言いたげな表情だった。この、《北》の秘密建造物などを詳細に調査した調査書自体は非常に興味深いが、それは彼にとって特別意味のあるものではなかった。

「《北》が日本にいろいろ仕掛けてきてるのは分かった。で、これがどうしたというんだ?」

 書類の内容は、K半島――の、主に北半分――に関する6課が調査した資料を、分かりやすくまとめた物だった。内容によると、《北》は現在、日本にとってそこまで危険な存在ではないが、中・露の援助を得て新装備を仕入れた場合、その動員力と洗脳による統制力によって、十分な脅威に成り得る可能性があるとのことだった。

 《北》と中ソは、非常に良好な(日韓中にとっては最悪な)関係となっていた。朝鮮戦争時に近いほど、両国が援助をしている。理由は明らかだ。両国とも、緩衝地帯が欲しいのだ。中ソの関係は、やはり悪化したままだが、中共はインドと、ソ連は欧州と対立している。そして、その両国に日本がついている。今の世界軍事バランスは、大きく分けてこんな感じだ。アメリカと中東は、今現在は考えなくて良い。アメリカは未だに強大な軍事力を保っているが、既に世界の警察としての立場を放棄して、ひたすら自己防衛に走っているし、中東は、定期的なソ連との戦闘こそあれど、基本的に“イスラエルVSエジプトその他の貧乏なアラブ国家”という構図の内紛を続けている。そしてそのいずれでも、本格的な戦闘を行ってはいない。

 そんな中、ソ連と中共は対立を長引かせたくは無かった。しかし、国民感情その他において、簡単に和平など結べない。いや、ソ連側だけなら一時的な不可侵条約の締結も可能だったが、中共はそれを許さなかった。一時的でさえ自由を知ってしまった、恨み深い性質を持つ国民が、それを認めなかったのだ。考えてみれば当然だ。核分裂反応弾を放り込まれた恨みというのは、そう簡単に払拭できるものではないのだ。

 そこで、目をつけたのが《北》だったのだ。この国に適度な軍事力を与えておけば、ちょうど良い緩衝地帯になる。いや、韓国と国境線を接さないだけでも、充分な価値を持つではないか。そういうわけだった。

 

「アメリカの脅しが効かなくなったのは解るが、代わりに自衛隊がいるだろ。(T)MDシステムも、有弾頭ミサイルを全発打ち落として見せたじゃないか。地続きなわけでもないし、そこまで危険なものかね?」

 彼の言うとおりだった。第三次世界大戦の時、日本周辺の状況は大きく変わってしまった。まず、在日・在韓米軍が完全に撤退したことが挙げられる。アメリカ合衆国は、欧州戦線や対中海戦などでの、アメリカにとっての大失態で(それが大国同士の戦争においてはある程度容認すべき被害だったにも関わらず)、自分たちが世界を統治するだけの強大な軍事力を保持していないと考え、世界の警察としての地位を投げ捨て、徹底した自国防衛に走ったのだった。いや、より正確に表現するなら統治方法を間接的な形へと変化させたというのが正しいのだが、それは、アメリカのワンマン統治体制――パックス・アメリカーナの破棄と同義だった。

 これは世界に大きな影響を与えた。中東は、アメリカによる民主化の強制が無くなった為、かえって無法地帯と化し、対ソ戦が終わって間もないころ、直ぐにイスラエルとエジプトの戦争を中心とした第五次中東戦争を迎えた。

 欧州と米国は、米国が対ソ戦で援軍を渋ったことにより、どうしようもないほどの相互不信に陥っていた。特に、ドイツとイギリスとのそれが酷かった。ドイツは、基地まで提供していたのにもかかわらず、いざという時助けてもらえなかったし、イギリスは、あれほど(イラクへの派兵などで)協力していた米国に、自分が危機の時に協力してもらえなかったのだ。日本も、この二国と同じようなものといえた。特に、台湾沖海戦の際は、対ソ海戦の経験から、空母の損失を恐れた米第七艦隊が参加しなかったため、護衛艦三隻(いずれも旧型のDDHとDDだったが)を失うという、手痛い損害を出したのだ。この時日本国民は爆発し、何の為のイージス艦か! と、第7艦隊を非難したものである。結果としてこれらは、欧州(と日本)の団結と、アメリカ以外の先進国の国際的地位上昇を引き起こした。アメリカの世界への影響力は、格段に下がってしまったのだ。

「6課は危険と言っている。だが、問題はそこではない。次のファイルを見たまえ」

 川内は言われたとおり、次の書類を見る。それには、《北》で行われるある会談のことが印刷してあった。

「新浦……? なんでこんなところで――」

 そこまで言って、彼は、書類を凝視する。驚愕、そう表現すべき表情が顔に張り付いている。もっとも、常に緊張感の無い感じのする川内からは、余程付き合いが長い人でなければそれを読み取ることは出来なかったが。

「中共の中央軍事委員会副委員長に、ソ連の赤軍元帥。新型戦闘機と戦車を中心とした兵器の技術提供と売却に関する会談……。ふぅん、なるほどね」

 その驚きに、神谷はさも当然と頷く。

「そう。向こう側の巨頭一挙整列、だ。いや、それだけじゃない。見ろ、韓国の外務副官まで招待されてる。」

「―――なるほど。極東国家の軍事関係が大集合、か。確かに恐ろしいな」

 そこまで言って川内は言葉を切り、彼と親しい人間ならば信じられない、という響を含んだと解る声で聞き返す。

「まさか」

「その、まさかだよ」神谷はあっさりと返す。

「我々の仕事はね、日本国の安全確保だろう。《北》が新型兵器を持つことが、どんなに我が国にとって危険か、貴様ならわかるだろう。もちろん、軍事学的な意味でも、政治的な意味でも、だ。いや、当然経済にはもっと支障が出る。戦争だけによってではない。平和によっても、と言う可能性も無きにしも非ず、なのだ。まぁ、有事の一種だな。

 だが君たちは、そういうときの為に設立されたのだろう? 国益を優先し、武力行使を中心とした任務を行う。その為のあの訓練だ。その為のあの装備だ。つまり、存在意義はそれなんだ。理解しているだろう。

 国家というのは、そこに住む人々――ある国なら民族だし、またある国なら一人の統治者の下に集まった同志たち。移民の集団という国もある――の利益を保証する、最大の機関だ。土地を治めて法を布き、税を取って働かせる。代償として、強力な軍事力を組織し、そいつらを護る。ある意味、最大規模のコンツェルンだと考えればいいな。第一第二第三産業に銀行、セキュリティも含めた。特に日本はそうだ。今日本は、かつての『国家』という固定しきった概念から脱却し、新たな形態、そう、企業集合体とでも言うべき形態へと爆走中なのだ。

 だからこそ、その契約だけは絶対に守らなきゃならない。企業にとって、信用は命だからな。いや、俺は企業になど努めたこと無いが、まぁ、そういう雰囲気と言うやつだ。そして、お得意様であり社員でもあるその国民たちを守るために、我々がいるわけだ。そのための自衛隊、そのための第4小隊だろ」

「そのための、か」

 川内はそう言い、訓練内容を思い出す。ドイツに作られた訓練施設で、欧州各国の特殊部隊と合同で開催された共同訓練。他の国の練度を見て、自らの歴史の浅さを悟り、同時に、自分たちの技能は決して他国に劣るものではない、と自信の持てたあの訓練の数々。それらは、テロリストの殲滅だけではなく、市街戦や特殊操作、そして敵地への侵入や敵要所の襲撃まで含まれていた。当然だった。あれは、軍の特殊部隊の訓練だったのだ。

「計画はある程度立ててあるんだ」

「まさか、会談を襲撃する、なんてことは……」

「その、まさかだよ」

 神谷はさっきと全く同じ答えを返す。

「何とも楽しげだね……じゃなくて、国際問題になるぞ」

 川内は一見すると気楽そうな表情で言い返す。正気か? 国家間、それも巨大国家を二つも含む秘密会議を襲撃するなど、まともな作戦とは思えない。少なくとも、外務省は徹底的に反対するはずだ。彼はそう思った。が、

「大丈夫だ。既に、全ての省と話はついている。今回最終的に作戦を確認してもらうが、おそらく通るだろう。そうすれば、内閣総理大臣の許可が出れば、直ぐにでも実行に移せる。もちろん、訓練の暇は与えるがね」

「どういうことだ?」

 今度こそわけが解らないな。川内は思った。いったい、裏で何を動かした?

「《北》への援助は、中ソ共に乗り気ではない。いや、それどころか反対するものの方が多い。今回の会談は、一部独走した者たちの勝手な援助相談に他ならない。

 だが、その独走した者たちが、厄介なやつらでな。そう、地位が高いのさ。いや、共産主義の国で地位が云々も変だな。じゃあ、権力者の息子とでも言うか。はは、これも充分おかしな話だがな。

 さて、今回独走したのはそいつらだ。スパイに洗脳されたのかどうかは知らないが、そいつら、極端な《北》寄りでな、自分たちの権力を使ってまで《北》に援助をしようとしたのさ。援助するように思考操作されているのかどうかは、私の知るところではないがね」

 神谷がそこで話を切ったので、川内が続ける。

「そして、独走者に反感を抱くもの――ある意味ではまともな者たち、別の言い方をすれば数の上では多い者たち――は、日本政府に情報が流れるよう仕組んだ。そして、それは思惑通り」

「そうだ。後は、こっち、つまり日本政府が中ソに接触するのを待てば良い。これで、中ソが能動的に動いた、という事実は出来ないわけだからな。もちろん、我々は敵の言質をとっているぞ。裏切られたときには使える。

 そして、やはり思惑通り、日本政府と中ソ政府――君の言葉を借りるなら、その中のまともなやつらの――思惑は、いや、利害は一致した」

「そして、今回の作戦か。出来すぎてないか?」

 川内は、いかにも疑わしいといった口調で聞く。内心では、全くと言っていいほど、今の話に出てきた利害の一致した相手、つまり中ソ政府のまともなやつら――政治的な頭は、当然良くないだろう。《北》への援助は中ソの利益になるからだ。もちろん、不利益が無いわけでもないが――というヤツの話を信じていなかった。

 だが、それも無理からぬことだった。国家が危うくなるような危機を、相手側の内部混乱で回避できるなど、スパイ映画の世界だ。そう思ったからだ。彼のような現実主義者にとって、そんなことは起こりうる事態ではなかった。

「君の言わんとしていることは、よく理解しているよ。しかしね、6課に頼んで調べてもらっても、この話に裏は見つからない。

 我々は武力による国家の危機を救い、奴らは大スキャンダル、とでも表現すべきものを完全に隠匿できる。騒ぎ出すのは《北》だけだが、それもやつらが抑えてくれる。いや、むしろ公開してしまってもかまわないかも。日本の実力を、国際問題にならない程度にリークするのだ。そうすれば、日本の防衛力はさらに増強されるだろう。特殊部隊という存在は、存在するだけで恐ろしいものだ。腕利きなら、数の如何に関わらず、だ。

 どんなに怪しいことでも、信じがたいことでも、矛盾が無ければ真実だ。そして、その背理法の証明となるような矛盾点は、いくら探せども見つからなかった。そして、6課は無能じゃない。

 これは、非常に幸運な話だ。そして、これに食いつかない手は無い」

 彼はそう言って、ウィンカーを出し、曲がり角を曲がる。あたりのビルは太陽光線を反射し、ビルの森の奥底まで、上手い具合に光を届けてくれる。そういう風に設計されているらしい。そこらに植えてある木にも、光合成を可能にするだけの太陽光を供給している。屋上緑化と公園の大量増設は、上空から見た東京をグリーンに変えているが、その公園の地下には、恐ろしく広く、深い地下街が広がっているのだ。

 そして彼の車も、その地下街の中に入っていく。一見すると皇居の地下を抜けるようなトンネルに見えるが、主に対テロ安全上の理由から、皇居の地下にはいかなるトンネルも通ってはいないので、僅かに堀をかする程度に地下道が作ってあるのだ。

人工的に作り出された照明は、太陽の光と見紛う程の明るさを、地下の空間に与えていた。電力は、新型の原子力発電所でまかなっているらしい。核分裂反応ではなく、核融合反応を利用した物だ。周囲の風景にそんな説明をつけならが、川内は思った。公安にも、原子力施設防衛専用の特殊部隊を設立したそうじゃないか。日本は、ようやく原子力発電所のメルトダウン以外の危険性に気付いたらしいな。

 かつての東京のビルを全てくっつけたようなそこは、まさに町を形成している。ある意味、芸術的ともいえる構造だ。無個性で気持ち悪いと言うものも少なからずいたが、川内や神谷は気にしていなかった。これらの建物にはそれなりの、アジア的な美学と言うものが投影されていたからだ(瓦型の太陽光発電パネルなど、その最たるものだ)。

「襲撃手順もアフターサービスも調っているわけか。しかし、国際問題には違いないだろ」

 その言葉に神谷は、頷きと沈黙を持って肯定とした。

「対応は?」川内が訊く。

「アメリカとEUには、苦笑いして済ますつもりらしい。まぁ、そんなんで充分だろう。問題は国連なんだがね、南アフリカとポーランドの復興に援助金出してるじゃないか。あれを人質に……つまり続行の代償として目を瞑ってもらうということらしい。元々あれは、完全な好意からの援助だったからな」

 川内は顔をしかめる。

「強引だね。スマートじゃない」

 その言葉に、神谷も頷く。

「全くだ。だがな、実はそうでもないようなんだ。これは未確認なのだが―――」

 神谷は言った。口調は重々しくないが、真剣ではあった。川内は僅かに驚いた表情を表す。

「なるほど。それなら文句がつかないわけだ」

「ああ。あくまで未確認だから何とも言えんがな」

 川内は少し考え、

「わかった。じゃあ、俺の方から文句は無いよ」

 と言う。神谷は僅かに満足したような表情をのぞかせ、

「わかった」と短く言った。

「では、早速詳しい手順と訓練に入りたい。政治家・官僚・幹部の方々との話し合いの場は、予約済みかな?」

「そのために防衛省へ向かっているんだ」

 そう言った後、神谷はアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

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