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2017年8月25日
アームスーツ、正式名称はHAMAS――Humanoid Armoured Mobil All-round System――日本語に直せば「人型装甲機動万能装置」とでも言うべきか。一般的に、先ほどのアームスーツとかシンクロプロテクトとかパンツァードレスとか言われている。自衛隊での正式呼称は強化外骨格だ。
開発の経緯は、ロナルド・レーガン大統領が進めていたスターウォーズ計画の残滓を、日本が手に入れたことである。歩兵戦闘力の強化用パワードスーツ。人員不足で悩んでいた自衛隊がこれに興味を持ったのも当然だった。日本のロボット技術は世界的に見ても高水準で、研究の為の工業力も問題が無かった。土木作業用の道具としてなどの民間への還元も容易だったため(これは言い訳に近いが)、予算も通りやすかった。こういった理由で、強化外骨格が研究されていった。
ある程度進んだところで、米国が研究に介入した。彼らとしても、ソヴィエトの崩壊で人員を削らねばならない事態になっており、歩兵個人の戦闘能力増加を求めていたのだ。また、軍事的な技術で米国が他国に遅れを取るなど、あってはならぬことだと言う意識も関係していた。少数精鋭というのは、資金対策という面で、米軍にとっても魅力的だったのだ。日本は政治的以外何者でも無い理由で、米国との共同開発を承認した。
米国が計画に関与したことで、この計画は割と知られるようになった。そして数年後、EUとロシアもこの計画に参入したのだ。やはり米国と似たような事情からだった。これでこのプロジェクトは、国連の常任理事国が中共を除いて全て参加すると言う、世界規模の大プロジェクトになってしまったのだ。
成果は間も無く出た。二〇〇六年、世界初の実用強化外骨格と銘打ち、XAS1が完成したのだ。アームスーツという名称も、この時付いた。ASとはHAMASの略だったのだが、多くの人がその出来上がりの形を見て、アームスーツの略称だと解釈したのだ(いや、他にもアサルトソルジャーとかアーマードシステムとかも呼ばれたが)。
全長二・七メートル、重量一・九トン。バッテリー駆動のロボットのような服。それがそのロボットの外見だった。
このロボットに、世界は仰天した。主に、そのロボットの動きに、である。当初多くの人たちはこれを見て、動きの鈍い重装甲のロボット、そんなふうなものを考えていたのである。しかし、実際は一八〇度逆のものだった。ASを装着した男(アメリカ海兵隊のエリートだった)は、人間以上の素早さでASの発表会場を動き回って見せたのだ。三メートル近くのジャンプ力や、一〇〇メートル五秒と言う脅威の運動性を見せ付けた。
これは、ASの駆動方法に秘密があった。ASは油圧や空気圧ではなく、形状記憶プラスティックで作り出した人工筋肉で動いていた。これにより、より人間に近い動きが可能となっていたのだ。
自衛隊や米軍などは、早速これを一〇〇機以上注文した。軍主体で研究開発を行っていたのだから、当然だった。特に日本は、この兵器の導入に熱心だった。それは、日本の地形に関係がある。日本は、その国土のほとんど全てが山間部と都市部なのだ。そういう土地で、重装甲の戦車はあまり役に立たない。それよりも、機動力の高い兵器や歩兵の方が、よっぽど使い勝手がいいのである。
その日本の要求に、この兵器は全く合致した。重装備の兵器を持った歩兵を運用するのと同じようなものだからだ。バッテリーと言う制約はあるものの、ほぼ全土に電力網を築いている日本国において、そこまで深く悩まなくても良い問題だった。
開発国の一つであるロシアも、当然アームスーツは持っていた。所有兵器は全くロシアと変わらないソ連も然りである。〇七年に発表された、第二型のアームスーツ(これがどのようなものかは、ここでは記載しない。あまりにも長い説明になるからである)も持っている。
中共と《北》は、アームスーツを持っていない。中共は開発に参加しなかったため、研究開発生産のノウハウを持っていないし、《北》はそんな近代兵器とは無縁だ(ソ連が援助しない限り)。
だから、目の前にいるアームスーツはソ連製だろう。素雪は中りをつけた。概ね正解だった。ロシア製のアームスーツKh06<タッグドッグ>だった。この呼称はNATOコードだ。全長約三メートルの標準的な第一型アームスーツで、ロシア製らしく質素で簡素なコンピュータを搭載し、丈夫な機体をしている。残念ながら、機体の形状はカッコいいとは言い難い。蛙に似ている、と表現すれば分かりやすいだろう。勿論、二本足で立っているわけだが。武装は、二十ミリ機関砲を使用可能だ。おそらく、今撃っているものがそうなのだろう。
「限定的な反撃だ。グレネードを使え!」
誰かがそう叫ぶ。言われなくとも!多くのものはそう思い、柱の影から撃ち返す。勿論、五・六ミリ弾が当たったとことで敵はびくともしない。だが、威圧効果はある。銃弾が自分に飛んできて、平気でいられる人間などいない。そいつが精神異常者でも無い限り、だ。
敵はおそらく一人。味方はいないようだ。幸運だった。こんなのが二つも三つもいたら、流石に対処しきれない。素雪は何故こいつが単独行動をしているのか考えて、直ぐに答えを出す。アームスーツは、戦車とは違う。随伴歩兵など、逆に邪魔になるだけだ。おそらくこの中に乗ってるやつの仲間が、先殺したやつらなのだろう。
四十ミリグレネードの発射音が、素雪の思考を現実へと戻した。ほとんど条件反射だけで応戦していたようだ。
敵は発射を知り、素早く後ろへ跳んで避ける。一瞬遅れて、先までアームスーツがいた場所に爆発が発生する。なるほど、素早い反応だ。
しかし、隙は出来た。敵が跳び、空中で体勢を立て直す間、第四小隊のメンバーは素早く前進する。同時に、二人ほどグレネードを発射した。残念ながら直撃こそ無かったが、敵の着地点の近くで炸裂し、敵の体制を崩した。
「どけ―――!!」
哲也が叫ぶ。素雪が言われたとおり横に避けながら哲也を見ると、肩に何か背負っていた。あれは……RPG7だ。
「おい、使え!」
階段の上にいた誰かが言った。哲也と数人が階段の上を見ると、そこにいた仲間が、こちらへ向かって円筒状のものを投げつけてくる。哲也はそれを受け取り、見てみる。先ほど殺した敵が持っていたRPG7だった。
「どうも」
階段の上の仲間にそう言うと、哲也は敵のほうを向いた。
第4小隊の戦闘服に内蔵されている短距離無線とスピーカーは、その音波の発進位置――つまり音源に近づくほど音が大きくなるというシステムを採用している。これは、味方がどの辺りの距離にいるのかを感覚的につかめるようにするためだ。その機能の一環として、指向性スピーカー機能というのも付属している。これは、どの位置を向いていても音源の方向から音が流れると言う仕組みだ。このため、ヘルメット無いにはヘルメットの内側全体を覆うようにスピーカーが設置されている。無駄に豪華と言えばそうなのだが、なかなか便利な機能だった。完全防音なので、この機能がついていないと近くの味方と話す時、何処にいるのか感覚的にわからないのだ。
もっとも、無駄な機能だと言われると、否定出来ない機能でもあった。まぁとにかく、哲也が声をかけられて階段の上にいる仲間からだと気付いたのはそういう理由だった。同じ理由で、向うで銃を撃っている素雪や吾妻には、今の声は伝わっていないのだろう。距離が離れすぎている。銃声も煩いはずだ。
アームスーツは、ちょうど味方の四十ミリを跳んで躱すところだった。哲也はロケットの先端のキャップを外す。そこについている安全ピンを外し、肩にかついだ。これでもう、引き金を引くだけで発射出来る。ただし、正確に狙わなければならない。これには誘導装置などついていないのだ。
敵との距離を確認する。自分がいるのは階段の終わりに近い部分で……じゃあ俺は、だいたい三階の高さから投げられた重量八・五キロの対戦車ロケットを受け止めたわけだ……骨が折れたらどうするつもりだったんだ? いや、それは後で文句つけておこう。敵の位置は細長い部屋の真ん中くらい。敵との距離は三十メートルか?いけるな。
アームスーツが着地したとき、味方のグレネードでよろけた。チャンスだ。アイアンサイトで素早く照準をつけると、万が一味方に当たるかもという可能性を考慮して、叫ぶ。
「どけ―――!」
同時に、引き金を引いた。
ロケット弾最後尾にある発射薬に点火。ロケット弾は猛烈な勢いで発射機から飛び出した。この時の速度はだいたい秒速一二〇メートル。素雪や他の隊員たちが横に避けるのが見える。どうやら間違って誰かに当たるなんて事は無さそうだ。
安定翼が展開され、〇・一秒も経たずに推進薬に点火する。速度は秒速三〇〇メートルに加速。勿論。そんな時間でアームスーツが避けられるはずも無い。素雪たちだって、実際動いたのは俺が発射する前だ。
命中した。アームスーツに直撃し、弾頭の電圧素子が作動して信管を作動させ、HEATを起動する。成形炸薬弾とも言う。円筒形高性能爆薬の片側を円錐形にして、金属製ライナーを装着したものだ。火薬が爆発すると、モンロー・ノイマン効果によって金属が秒速八〇〇〇メートルのメタルジェットとなり、その力は一点に集中されて正面にある物――この場合はアームスーツを貫くのだ。これは戦車の装甲を貫通する為に開発されたものだから、戦車に比べると紙切れみたいな装甲しか持っていないアームスーツなど、簡単に貫ける。
上の事柄を視覚的に表現すると、ものすごい速さでアームスーツに飛んでいったロケットはアームスーツに命中して爆発し、アームスーツを吹っ飛ばした。ただこれだけだ。しかし、効果は絶大だった。アームスーツは真っ二つに壊れており、着ているやつも当然真っ二つになっている。アームスーツの中は血で真っ赤だ。
「うわ……」
誰かが声を漏らす。先まであれほど人を殺しておいて、うわ、も無いだろうとも思ったが、ライフル弾であっさり殺された死体と、上下に分割された死体では気持ち悪さが違うか。
「やれやれだな」
素雪が近くまでやってきて声を漏らす。
「まさかこんな大物がいるとは」
「ああ。でも、六十ミリ軽迫を装備してないやつでよかった」
ソ連製アームスーツ用のライフルには、銃に六十ミリ軽迫撃砲を装備できるモデルがあるのだ。ちょうど、M203のような具合に装着する。それを持っていたら、もっとてこずっただろうと言うことだ。
「ああ、全くだな」
哲也が同意する。
素雪は二つに分かれたアームスーツの上のほうを見る。装甲版の下に隠れた顔が、どんな表情をしているかはわからない。恐怖に震えているのだろうか? 怒りに満ちているのだろうか?
いや、関係ない。素雪は思い直した。兵士が殺した敵のことなんて考えちゃいけない。そんなことをすれば、戦争なんて出来ない。いや、それはそれでいいのだ。戦争が無くなれば、それ以上素晴らしいことなどない。
しかし、自分が戦争をしないからといって、相手も控えてくれるとは限らないのだ。残念なことに。
「素雪、ちょっと来て」
スピーカーから吾妻の声が響いた。素雪はアームスーツから視線を外して返す。
「ああ」
素雪は吾妻の方へ歩いていった。
「これが開かないのよ」
部屋の突き当たりにあるドア、その前に吾妻はいた。ドアはロックしてあり、ドア枠のところにはテンキー付きの端末があった。端末についたランプは赤色だ。
「日本製の電子ロックだな」
素雪はそのドアのロック機構を確認し、言う。ドアをロックしていたのは、素雪の言ったとおり、秋葉原か何処かで買ったのだろう、日本製の電子錠だった。スラッグ弾とかで打ち抜くことは……出来ない。ロックの解除はディジタルだが、機構はアナログだ。いや、鍵の部分を壊せばいけると思うが……果たして抜けるだろうか?だいたい、ここにスラッグ弾なんて無い。
ということは、ディジタルのロックを解除するしかないわけだ。
「どうにかなる?」
吾妻が訊く。
「確認してみないことには何とも言えない」
素雪は答えると、バックパックから対衝撃ケースに包まれたノートパソコンを取り出す。床に座って、目の前にそのパソコンを置く。戦闘服のロックを解除して、ヘルメットと手袋を外した。近くにいた仲間が、自然な動きで周囲を警戒する。訓練と言うのは素晴らしい!
素雪はパソコンに付属したコードを取り出し、その片方を入り口のロックの端末に、もう片方をノートパソコンに繋ぐ。入り口の端末は、上のカバーを取ってコードを露出させ、そこに無理やり接続した。パソコンを起動して、OSを立ち上げる。バックパックの中から、やはり対衝撃ケースに入ったCDを取り出すと、ノートパソコンに挿入する。今度はトラック・ボールとキーボードを操作して、今挿入したCDの中に記録されているソフトを立ち上げる。次に、機能を行使する対象に、接続先の端末を設定して、実行のボタンをクリックする。すると、ソフトが起動して、自動的に接続されたロックのシステムを読み込み、解析する。
しばらくして解析結果が出る。素雪はそれを見て、報告した。
「大丈夫だ。古いやつだけど、何とかなる」
「そう。分かったわ。直ぐにやって」
吾妻の言葉に了解、と返し、素雪は再びパソコンに向き直る。同じCDに入れられた、別のソフトを立ち上げる。それで、やはり機能の行使対象を接続先の端末に設定する。起動ボタンをクリック。
ハードディスクがカリカリと音を立て、ファンが必死に回転し、温度を下げようとする。ソフトは端末のプログラムから構造を解析して、内部に記録されている情報を読み取ろうとする。勿論、素雪も暇ではない。画面に表示される結果に対して、適切な指示を返さなければならない。手が休む暇も無く、カタカタとキーボードを叩く。
十分も経っただろうか。いかにもハッカーといった様子の作業を続けていた素雪が、エンターキーを最後にキーボードから手を離す。
「終わったの?」
「いや。後はソフト任せ。でも、直ぐ終わるよ」
その言葉からきっかり二分後、電子錠がピーという電子音を立て、ランプが緑色に変わり、同時にカチャリという音が響いた。
「開いた……と思う」
素雪が言うと、吾妻はドアに近づき、ドアノブを掴んで引っ張る。ドアは簡単に開いた。
「ご苦労さん。報告書に書いておくわ」
「どうも」
吾妻は部屋の中に入っていく。素雪や他の数人が後に続いた。
部屋の中は薄暗く、狭かった。二メートル四方といったところだ。ただし、高さだけは異様に高い。おそらく、先の大部屋の一部を潰して、無理やり作った部屋なのだろう。そして部屋の中には、机が一つ。それだけだった。机の上には神の束が乗っている。そしてその横には、小切手と思われる紙片も。
「荷物置場ね。机の上のが取引に関する書類。小切手は……個人的な『お礼』か何かかしら?」
「何処の国でも政治家がやることは同じなんだな……」
吾妻の言葉に後ろの誰かが繋げる。もっとも、今の日本で贈賄などしようものなら、国家反逆罪で懲役二十年に課せられてしまう。選挙管理委員会情報管理局の眼を逃れられる政治家も滅多にいないから、贈賄はほぼ皆無だといえる。
吾妻は書類のところに行くと、上のほうを適当に束で取り、ぱらぱらとめくりながら眺める。だいたの内容は、食糧支援に関することとか、新兵器開発用に派遣する技師の名簿とかそんなものだった。そして、半分くらい見たところで、
「あ……」
と、変な声を上げた。
「どうした?」
素雪が吾妻の見ている書類を横から覗き込み、同じように固まる。しばらくその状態を続けた後、素雪が口を開く。
「これって……やっぱり条約に抵触するのか?」
素雪が書類に眼を落としたまま訊く。
「するでしょうね。やっぱり」
吾妻がそういうと、哲也が入ってきた。
「どうした?」
「この書類見て」
吾妻は哲也に書類を見せる。
「兵器売買の契約書か?」
そう言って受け取り、書類をよく見る。売買される兵器の種類を見て、絶句した。
「おい、小型核弾頭って……」
「そう。札幌条約違反ね」
札幌条約とは、第三次世界大戦の停戦条約である。無論、札幌で行われたからそういう名前になった。そして条約の中に、核拡散防止に関する努力と対処という項があり、それによると核兵器生産開発国は、みだらに第三国に対して核兵器の売却を行ってはならないとある。また、この条約が違反された場合、また違反されようとしている場合、強硬手段を持ってこれを阻止する権利も与えられている。
「《北》には弾道弾はあっても、それに搭載する核弾頭が無かったからな。まぁ、弾道弾は半数必中界が最悪に悪い木星……であってるかな? まぁ、そんな名前のやつなんだが……」
素雪が言うと、吾妻が頷く。
「つまり、この弾頭受け渡しが成功してたら、《北》は実用可能な核弾頭搭載弾道弾を手に入れてたわけね。まぁ、日本の弾道弾防衛システムを突破できるとは思えないけど……、万が一と言う可能性はあるわよね」
吾妻はしみじみと言う。
「てことは、この行動を反論無しに正当化できるわけか?」
哲也が吾妻に聞くと、何を分かりきったことをというふうに、吾妻は返す。
「そりゃそうでしょ。もともと国連は強引に説得するつもりだったみたいだけど……いや、もしかしたら初めから知っていたのかもね」
吾妻が言うと、哲也はうちらしいなと頷く。
札幌条約はかなり穴だらけの条約なので、解釈の違いという、日本が七十年ほど前から頻繁に使用してきた言葉でいくらでもごまかしが効くのだ。
「吾妻、ターネス三佐が速く回収しろと言っているが」
ターネス三佐に報告していたらしい素雪が言う。
「ああ、分かったわ。……ねぇ、小切手は?」
素雪はターネス三佐と二言三言交わし、ターネス三佐の答えを伝えた。
「外交を円滑に進めるのを阻害するから、絶対に持ってくるなだってさ」
吾妻はああ、やっぱりと呟くと、書類を抱えた。哲也は、どっちみち口座はさっさと閉じられてるだろうさと思った。
素早く全員に召集をかけると、屋上へ移動する。ターネス三佐のA班が加われば、直ぐに回収のMVC-2<燕鳥>が来る手はずになっていた。後は、全力で逃げ帰るだけ。殿軍は、小松の航自が勤めてくれる。
まったく、計画通りに進む作戦とは素晴らしい。