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2017年 5月20日
会議は始まろうとしていた。会議室に集まったのは、内務大臣、外務大臣、財政大臣、防衛省長官、それと内閣官房長官。
そして、正面に座るのが、内閣総理大臣。現在日本の政治のトップに立つ人物である。もちろん両脇には、各補佐官が控えている。
川内と神谷はそんな面々の正面に立っていた。正確には神谷がスクリーンの正面に立ち、川内がスクリーンの端のほうで立っている。映写機は天井に内蔵されている。
川内は、今回の会議に出席すると聞かされた時を思い出した。
「安全保障会議に出席する?」
川内は出来の悪い冗談を聞いたときのような顔になった。
場所は防衛省。ブロックを積み重ねて作ったような、よく言えば荘厳、悪く言えば単調なあの建物だ。元々新しく、敷地面積も広かった旧防衛庁の施設をそのまま利用している。
川内は言った後、探るような目つきになって神谷を見る。
「そうだ」
だが神谷は平然と答えた。
「文民統制の基本原則によると、軍人が入閣するのはいけないことだそうだが……?」
「軍人じゃない……ていう詭弁は放っておくが、入閣ではないさ」
「……確かに入閣ではないが……」
川内はどもった。安全保障会議は、本来であれば首相官邸か国会議事堂で行われるはずだが、今回は、防諜に特に気を遣って防衛省第一会議室で行われると決まった。もちろん、防諜云々など誰も信じてはいない。要は、首相官邸と防衛省、どちらが危なくないかの問題だ。常識で考えればどっちもどっちだが、実を言うと、防衛省の方が安全だったりする。敷地内に危ないものを大量に仕掛けておけるからだ。
「しかし、意見具申だとしても、俺たちでは不味いんじゃないのか?」
川内は重ね重ね言う。
彼のこの考えは、実に日本的なものだった。日本の基本的な考えとして、軍人が政治を行うと碌なことにならないというものがある。そして、歴史もそれを肯定していた。
「だが、餅は餅屋だ」
神谷が言い返すと、川内はうーんと唸った。
神谷の言うことにも、また一理ある。文民統制の意味を取り違えている者には永遠に理解できないことだろうが、軍事に関することは、たとえ軍事を取り仕切るのが文民であったとしても、軍人が行ったほうが良い。
つまりは、文民統制とは“文民”が適切な部分で軍事を用いられるよう“統制”することだから、軍事の中身にまで文民が口を出すことではないのだ。大企業の取締役は人事変更の権限があるが、経営や開発にあまり深入りしようとはしない。それを上手に出来る人間を選ぶことこそが、彼らのすべきことだからだ。
「まぁ、それはいいがね」
川内は頷いた。
「具体的何をしろと?」
「今の情勢を説明する」
「はん、軍人の仕事じゃないな」
川内は莫迦にするように言った。情勢判断は軍事ではなく政治だからだ。
「『軍事的』情勢判断だ。何処何処の国がこれこれの兵器を保有していて、これこれはこういう効果を齎すから、我が国はこうしないといけない云々という話だ」
「なるほど。確かに軍人だな」
川内は素直に認めた後、
「だが、俺たちじゃなくても情報本部や技研本部に頼めばいいだろう」
「俺とお前は実戦経験者だ」
神谷は、それだけで全て説明がつくという調子で言った。川内はふぅと溜息を吐く。
「まーねー」
嫌に気楽な調子でそう言った。
実戦経験者の意見が重んじられるのは、何処の国でも変わらない。もちろん、この日本でも。そして日本人は元来、後方支援活動を軽視する傾向を持つ。自衛隊に限ってはこの概念を撤廃しようと躍起になった活動をしているが、他の部分ではむしろ軍事がファンタジーになった分、コントラストが強くなった――つまり後方支援を重視するか徹底的に軽視するかの二通りに分かれてしまった風がある。安保のメンバー(国務大臣たち)がそのどっちに属するかは知らないが、徹底的に軽視してしまう可能性も低くはない。特に政治家や官僚は、労働者として働いた経験が少ない分、組織の機構というものを理解していない傾向がある。官僚は(省庁の機構の複雑さから)そうでもないのだが、政治家はどうにもならない。
だからこそ、政治家の多い安保では実戦経験者の重みのある言葉というのを聞かせる必要がある、と神谷は言っているのだ。
「で、俺たちが? 他にも代役はいくらでもいただろう。わざわざ俺を呼び出す必要が?」
「あったのだ」
神谷は断定的に言った。
「言っただろう。お前の部隊に……」
神谷が言うと、川内はさらに溜息を吐いた。ああ、まったく。これから忙しいというのに、そんなことまでせねばならないのか。ちくしょうめ。
川内はその後、会議での解説のほとんどを、喋り上手な川内がするという話を聞き、じゃあ何で俺を呼んだんだよ全くとさらに怒ることになった。
「では、これより説明を始めさせてもらいます」
神谷が、そういう言葉で切り出す。その場にいた全員が軽く頷く。
神谷は説明を始める。現在の日本国の周辺防衛状況から始まり、周辺諸国から広げて全世界的な軍事バランス、最近の新兵器などを次々に説明する。後ろのスクリーンにスライドを映し、図と文章を言葉で補っていく形式だ。
説明の仕方は、なかなか上手い方だった。こいつの能力は銃後でこそ発揮されるんだな。川内は、神谷の前線での指揮官としての能力も認めつつ、そう思った。
彼の思うとおり、神谷は川内に比べて決断力に欠如している部分があった。上海から内陸に進むとき、偵察部隊をどれほど進ませるか悩み無用な時間を食ったことがあった。もっとも、神谷がそんな、本来ならば師団や連隊の指揮官が決める必要のあることで悩んだのは、当時の連隊長が無能で、各々の部隊長が自分の部隊の安全を自分で守る必要が生じたからなのだが。
要するに神谷とは、頭の回転が速く決断力に欠ける――参謀向きな性格なのだ。
「と、言うわけです。つまり、日本の周辺は非常にデリケートな状態で、どこかが大幅な軍事力増大や、または新兵器の開発能力を得たなどの事があれば、直ぐに崩壊してしまうでしょう」
あちらこちらから、小さな唸り声や、感嘆の声が聞こえる。
まぁ、今のところ新兵器も何も無いだろうがな。川内は心中で呟いた。中共はフランスからの兵器購入交渉に忙しいが、フランスは悩んでいるようだった。中国が、中共に兵器を輸出した場合それなりに物理的でない報復措置を取ると宣言したからだった。ちなみに、日本政府はどっちでもいいとの見解を示している。どうせ、中共にフランス製兵器が導入されたところで、日本の明確な脅威となるとは思えなかったからだ。日本政府は、フランス製兵器の(自国兵器と比べての)質の低さを知っているし、最新兵器というのは、それを操る有能な人間がいてこそ、最新兵器たりうるということも知っている。ちなみにイスラエルは、中共と完全に手を切っていた。イスラエルが多くの製品を購入している日本政府が、不快の意を示したのだった。フランス製兵器ならまだしも、イスラエルの軍事技術はアメリカ譲りの優秀なものが多いからだ。
「ふむ、で、本題は?」
説明が終わり最初に、防衛省長官がそう聞く。顔は、既に答えはわかっている、といった感じだった。それもそうだろう。川内は、日本の情報機関が収集した情報はほぼ全て防衛省と外務省、内務省で共有していることを知っていた。外務省は戦前ほど無能ではなくなっている。他と協調すること(利用すること)の大切さを、大戦でよく理解したのだ。いや、直接の原因は、終戦後に行われた“日本の粛清”と呼ばれた外務省メンバーそう入れ替えに近い人事異動のせいだろうが。もっとも、当然のことながら、血は一滴も流れてはいない(自殺者は何名かいたが、悪名高き日本官僚団にとって、それは書類上の数字でしかなかった)。
「まぁ、結論から申します。ソ連と中共が《北》と軍事会議を開きます。おまけとして、韓国の外交官もいるようです。内容は、兵器の売買交渉に、新兵器の共同開発締結など、と思われます」
再びあちらこちらから、今度は溜息が多く聞こえた。
「それによって軍事力が崩れる可能性は? いや、率直に聞けば、またドンパチやらなきゃいけなくなる可能性は?」
財務大臣が神谷に訊く。彼としては、それが一番重要だった。現代戦というのは、とにかく金を食うのだ。一機一〇〇万円のソノ・ブイを平気でばら撒き、高価なミサイルを打ちまくる。弾丸の消費も、秒間一〇〇発の機関銃を撃ちまくる、七十年ほど前とは比べ物にならない量だ。そんなことに気を取られて、内政にまわさねばならない金を無駄にするわけにはいかん。そういう訳だ。
「残念ながら」
彼の言葉はそれだけで、財務大臣の表情を苦悶に変えるのに充分だった。日本の景気は戦争のおかげでかなりの好景気を維持しているとはいっても、中共やらソ連やらという規模の国と戦争をして平気なわけではないのだ。
「ソ連と中共が不可侵条約や中立条約を結べば……いえ、そこまで行かなくとも、両国に有効的な緩衝国があれば、彼らは後ろを気にすることなく、我々に攻めてこられます。また財政面で言えば、中国に対する攻勢を、中共が止めるかもしれないと言うことです。ソ連と手が組めれば、彼らの製品の輸出先が出来るのですから」
神谷が言葉で、財務大臣を追撃する。財務大臣はさらに気に入らないといった表情を作り、顔を手で覆う。
日本の現在の信じられないような好景気は、特需景気と言う面が非常に高い。対ソ戦で合衆国と欧州、そして支那大陸沿岸部の工帯地帯がかなりの被害を受けたおかげで、(比較的)被害の少ない日本の工業地帯に多くの需要が生まれたのだ。中共の爆撃機群は、何故か日本の都市部ばかりを狙ったから。そして、欧州の多くの国の戦争と中国内戦が未だに続いている事実から、この景気はしばらく続くと言われている。
また、日本の景気を支えている現状として、武器輸出の解禁というのも挙げられる。ソ連製の兵器が購入できなくなったインドや東アジア共和国、優れた兵器を必要としているイスラエルや欧州の幾つかの国にとって、先の戦争で優秀さが証明された(そして、欠点が直された)日本製兵器は、是非とも手に入れたいものだったのだ。
元々日本製兵器が高価なのは国内にしか需要が無く量産できなかった為であり、世界中に売り出せば量産効果で相対的に価格が下がり、インフレにも対抗出来た(もっとも、それでもやはり高価で、少し性能と価格を落とした、ソ連で言う“モンキー・モデル”のようなものも多く売られているが)。
また、景気の向上は、戦争終結後(というか、賠償金の支払い直前)に起こった第二次関東大震災の影響もある。ビルの密集地が多く、建物も古くなり、高速道路などが大分傷んでいて、その上爆撃まで受けた関東の建物の多くはあっという間に倒壊してしまった。
が、事前の地震予知に成功した為(というか、爆撃で疎開していた人間が多いのだが)多くの住民が避難出来、自衛隊の出動も素早く行われ(この時、大戦で戦った隊員が「やっと本業に戻ったような気がしますよ」と言ったという話がある)、被害者数は阪神・淡路大震災よりはるかに少なかった。
それよりも、地震によって破壊された関東地区再建の為、政府が大量に資金を投入した為、外需に加えて莫大な内需も生まれ、経済はさらに活性化したのだ。もっとも、その時投入された資金は血に塗れていたのだが。何せ、アメリカ、中共、ソ連から奪い取った賠償金がほとんどだったのだ。
加えて、首都の壊滅と言う事態は、今までの国全ての政治・経済機能を首都に集中させると言う体勢の見直しにつながり、大規模な公共機関・企業の本社が日本全土に散る事態に到った。
これらのような経済活性化により、日本の景気低迷の時代は過去のものとなり、バブル期以上の好景気に見舞われている。当然、それが永遠のものでは無いということを、日本国民はよく理解している。
つまり、例えば中共がソ連と完全な停戦を果たした場合、中国に全兵力を傾けるだろう。国力の差から言って、中華民国に勝ち目は無い(人口比率だけで言っても一対三だ。ただし、工業力は倍の差も無いが)。そうなると、日本は製品の輸出先の一つを失うばかりか、生産拠点も同時に失い、また、近所の敵対国をかつてのように拡大させてしまうのだ。
「嫌なものですな。他人の戦争を喜ぶなんて」
内務大臣が財務大臣にそういう。財務大臣は顔を上げ、内務大臣のほうを少し睨む。
「小競り合い程度だ。戦争をしなくても、中が悪いだけでいい。軍備を競って、買ってくれるのだから。いや、それだけでもないさ。むしろ冷戦状態になってくれればそっちの方がいい」
財務大臣は言い返す。川内は、心の中で溜息をつく。喧嘩している場合じゃないだろうに。内心でそう思う。当然、口に出したりはしない。世渡りの下手な人間は、いくら有能でも昇進など出来ない。
そうは思えども、彼らの言っていることも理解は出来た。内務大臣はどちらかといえば左向きな人物だし、彼の言っていることは事実だ。今の日本の経済発展は、第二次世界大戦後の日本の、全ての経済発展と同じく、アジアや中東各地の血で塗れていた。
とはいえそれは、主に日常製品の輸出で得られたもので、兵器を輸出しての収入は日本国全体の交易収入全体で僅かな部分しか占めてはいなかった。
アメリカ合衆国とソヴィエト連邦、中華人民共和国の超大国、西欧諸国をはじめとする自国で武器を生産・開発出来、武器を輸出することで、必ずしもあまり上手くいっているとは言えない国家経済を支えている武器輸出が、国家の交易輸出総額に占める総額は常に大きいとは限らないが、武器を輸出し、他国の、国家にとって欠かすことの出来ない国防という面に深くコミットすることによって、その他の交易を円滑に(そして自国に有利に)進めることが出来る。
だが日本の場合、そうではなかった。彼女には、武器以外にも輸出する製品は数多くあった。兵器生産は、ただ防衛上の必要ゆえだ(自国で武器が生産できる場合、その国の防衛力は飛躍的に高まる。当然だ。生産できるということは整備方法に通じているということで、開発出来るということは兵器を自給自足できるということだからだ)。これは、大戦前から同様だ。そして日本が低価格・高品質で輸出する日用製品は、他国の、国防よりももっと欠かすことの出来ない日常生活という面に深くコミットしていた。そしてそれは、それを輸出すべき外国の工業力(というか生産力)が低ければ低いほど、深く浸透していくものとなる。特に、兵器類を生産・購入する必要があるため日用製品を大量に生産することは出来ないが、一応平和なので国民の購買意欲は低くない(むしろ、戦場と隣り合わせにあるという現実から逃れたいが為に高くなるほどだ)どこかの国と冷戦状態に陥っている国は、日用品が非常によく売れる。上の条件、工業力が低い、をあわせればなおさらだ。
そういう状態で日本が海外への兵器の輸出を開始したのは、儲けの為というより、兵器の生産量を上げて量産効果を出し、単位辺りの値段を低下させようとしたにすぎない。事実日本は、輸出を開始した(正確には再開した、になる。何故なら七十年代まで日本は、アジア随一の兵器輸出国だったからだ)当時から兵器の輸出に関して積極的ではなかった。
しかしながら、日本製兵器を売ってみたら意外に人気が出て、思わぬ副業になってしまったというわけだった。冗談のような話だが、事実だった。もちろん、何の意味もなく人気が出た(というか買いたいという国が数多くあった)だけではない。
全ては第三次大戦の影響だった。戦中、戦争に巻き込まれた数多くの兵器輸入国は、最近は信用度すら下がってきたソヴィエト・ロシア製兵器や、どうにも性能の揮わないフランス製兵器に見切りをつけ、合衆国よりも入手しやすく場合によっては安くすらある日本製兵器を購入しようと決めたのだった。もちろん、日本製兵器には戦争を経験したことが無い国ということで多数の欠点があったが、戦後は、それらの欠点もあらかた解消されていた。そのため、日本の影響力が強い東南アジアや、低価格でそこそこの性能の兵器を欲しているアフリカ、ソ連製兵器も使えず、かといってフランス製兵器もなんだか心細い、ソ連影響下にない東欧諸国、少数精鋭を取らざるをえず、必然的に高価ながらも高性能の兵器を必要としている二級先進国などでは日本製の兵器は絶大な人気があった。日本は、自国で使用するような高性能兵器を輸出するほか、AK74のような国交の無い国の開発した低価格兵器も大量に生産して売却していたからだ。これらの兵器は自動化の進んだ工場で大量生産するため、むしろ賃金の低い他国で生産するよりも値段は安く、性能は高くなる。各国の傭兵やゲリラの有名な台詞に、「ラジカセも銃も、Made in Japanが一番だよ」というのがあることからもそれは窺える。
もちろん、これらが海外における紛争・内戦の激化を引き起こしていることは言うまでもないが、日本政府はそれを黙認しているようですらある。いや、それどころか、有償政府開発援助を与えてすらいる。とはいえ、日本が外国から“複雑怪奇だ”といわれるのは少しおかしい。多くの武器生産国も、同じことをやっているのだから。
「で、それに対する対抗策は?」
防衛省長官が、二人を完全に無視して訊く。神谷は眉を片方上げ、
「手元の冊子、それをご覧ください」
と言った。集まった人々は手元の冊子を開く。冊子には、最初に方に、今度行われるたった今説明された会談の概要とその場所、日時、警備の強度などが記されていた。当然、外務省の諜報部隊と自衛隊のスパイ組織、そして内閣情報局諜報員が調べてきたもので、実に詳しく書き込まれている。もっとも、ただ詳しいだけでなく、読みやすいように工夫もされていた。こういう細かいところに手を回すのは、神谷の性格なのだ。
「なるほど。厳重だな」
防衛省長官が思わず呟く。確かに、そういってもいい警備内容だった。五十人以上の人数を警備に当てている。
「しかし、人数が多いと言うことは逆に、高性能な警備装置が手に入らないと言うことを意味しています」
神谷がその言葉に返す。それは、この場合は正しかった。高性能な自動警備システム(自動発射機関銃やセントリー・ガンなど)を周囲に大量に配備すれば、警備の人数を減らせるのだ。人が多ければ大いに越したことは無いが、こういう秘密会談の場合、あまり多くの人数を動員すると、その隠密性を損なってしまうのだ。
とはいえ、地雷だけは大量に敷設してあると予想された。何せ、《北》のお隣は、世界一の地雷生産大国中華人民共和国なのだ。質の悪い値段の安い地雷なら、いくらでも手に入る。
「それで、これだけ調べたのだ。何もしないのではないだろう?」
防衛省長官が、先読みするように言う。神谷は、当然です、という表情を作り、
「六ページを開いていただけますか」
と指示を出す。あちらこちらから、ページをめくる音が響き、次に、感嘆に近い声が、やはりあちらこちらから響いた。そのページには、施設への奇襲計画が細かに記されていたのだ。
「皆さんお分かりだと思われますが。我々は、会談中に施設への奇襲を提案いたします」